2019年2月「弁護士リクルートガイド2019」
「弁護士リクルートガイド2019」(2019年2月)にインタビュー記事を掲載していただきました。
『リーガルキャリアの自己分析2019』
1. はじめに
Q 西田さんは、大手事務所勤務を経て、ヘッドハンティング業に転職されました。弁護士業務を続けることに魅力がなかったからなのでしょうか。
いえ、そんなことはありません。きっかけは、子供が障害を持って生まれて病院通いが多くなったので、「馬車馬のように働いてパートナー昇進を目指すのはやめよう」と思ったことでした。でも、インハウスになるのではなく、リクルータ兼キャリア・コンサルタントに転じたのは、「リーガルマーケットはこれからもっと面白くなるだろう」という確信があったからです。
Q この10年で人材市場に変化はありましたか。
私が人材紹介業を始めた2006年は、不動産バブル期でしたので、外資系企業やそれを依頼者とする欧米系ローファームが東京オフィスを拡大するために「英語ができる弁護士」の採用に熱心でした。ただ、リーマンショックが起きて、外資系の採用ニーズが激減しましたので、その後は、日本の法律事務所や日系企業が若くて優秀な人材をポテンシャル採用する手伝いのほうが多くなりました。
2. 弁護士か?それとも裁判官、検察官か?
Q 法曹のキャリアには、弁護士以外にも、裁判官と検察官がありますが、適性に違いはあるのでしょうか。
私は、裁判官は、「本人のやる気」よりも「周りから見た適性」が重視されるべき職種だと思います。なので、司法修習中に裁判教官から声をかけられたら真剣に考える、というのが効率的です。
Q 検察官にはどのような適性があるでしょうか。
検察官は、組織で決定された目標に向かって、チームの一員として尽くすことに快感を得られる人が向いていると思います。例えば、団体競技で優秀な成績を収めたことに誇りを感じた人は、その延長線で考えてもよいかもしれません。
Q 弁護士はどうでしょうか。
裁判所も検察庁も、司法修習の終盤まで内定を出してくれません。また、法律事務所の内定をもらっていなければ、任官の採用選考でコミュニケーション能力を疑われることもあります。そのため、受験生は、まずは「弁護士になるとすれば、どの事務所に行きたいか?」という検討に専念すべきです。
3. 企業法務か?一般民事か?
Q 弁護士の就職先として、企業法務系と一般民事系に適性の違いはあるでしょうか。
企業法務は、依頼者の法的知識の水準が高いので、法律論が得意で弁護士になってからも勉強を続けたい人が向いています。一般民事では、法律問題以外の悩みの相談を求めてくることもありますので、人間力が問われる場面が増えます。
Q 一般民事から企業法務に転向することもあるのでしょうか。
企業法務は、修行に何年も要するので、スタートは年齢が若いほうが望ましいです。また、一旦、自分の裁量で案件を回すようになった弁護士が一から修行し直すのは、本人にも、指導者にもストレスが大きい印象があります。
Q 逆に、企業法務から一般民事への転向は多いのでしょうか。
企業法務の下積み仕事に「やりがい」を見出せずに、若くして一般民事に転向する人もいます。確かに、個人依頼者の相談には、修習を終えた弁護士でありさえすれば、役に立てることも多いと思います。
Q 若いうちに一般民事に転向することには反対なのですか。
経験不足でも参入できる市場は、自分が若いうちにはメリットが大きいのですが、自分が中堅、ベテランになっても、新人と対等に競わなければならない厳しさもあります。弁護士人生を30年、40年以上のスパンで見れば、最初の5年〜10年は、自己実現よりも、修行期間、投資期間に充てるべきだと思っています。
4. 留学は必要か?
Q 今、「修行」という言葉がありましたが、企業法務系事務所では、アソシエイトに留学制度を用意している先もあります。これから弁護士になる世代には「留学」は必須になりますか。
弁護士人生が何十年も続くならば、そのうち1年、2年を留学や海外研修に充てるのは、残りの期間の活躍の幅を広げるために合理的なことだと思います。ただ、留学に伴うデメリットもあります。
Q 留学は市場価値を上げるものだと理解していましたが、デメリットもあるのですか。
まず、依頼者との関係が途切れてしまうことが挙げられます。また、日本法実務の空白期間が生じますので、帰国後にリハビリをする期間も必要です。「留学から戻ったら訴訟弁護士としての切れ味が鈍ったね」と言われる人すらいます。
Q 訴訟弁護士に留学は不要なのですか。
留学して英米法の基礎を理解することは、外国企業や海外事務所とのコミュニケーションを円滑にして、日本企業の海外訴訟のサポート業務にも役立ちますので、仕事の幅を広げるチャンスがあります。ただ、国内の裁判所における訴訟技術が上がるわけではありません。実際、日本の裁判官に留学経験者は僅かなので、国内訴訟の代理人業務で留学経験を生かそうと振舞っても、裁判所の問題意識を外した弁論に終わってしまうことも多いです。
Q 留学が必要となるのはどういう場面でしょうか。
将来、インハウスとして、日本企業の法務部長を目指す人は、留学しておくべきだと思います。海外子会社や外国の取引先とのリーガルリスクの管理に失敗することは、日本法リスクよりも金額的な影響が大きく、致命傷になるおそれがあるからです。あとは、「海外で生活してみたい」という純粋な興味が強ければ、行けばよいと思います。最大のメリットは、ガチャポンの当たりを引くように「想定外の出会い」にありますから。
5. インハウスか?法律事務所か?
Q インハウスという言葉が出ましたが、インハウスに向くのは、どういう人でしょうか。
学生時代の成績にたとえるなら、全科目をまんべんなく「優」「良」で固められる人はインハウスに向いています。他方、やる気が出ない科目では「可」が混ざっても、得意科目では「優上」を出せるような人が、外部弁護士として成功する可能性を秘めています。
Q それはなぜでしょうか。
インハウスと外部弁護士の最大の違いは、「インハウスは、管理部門で、依頼者(上司・担当部署)が固定されているため、減点主義的に評価されてしまう」「外部弁護士は、依頼者が固定されていないため、相性が合わない依頼者に切られても、一部の依頼者から高く評価してもらえたら商売が成り立つ」というところにあるからです。
Q 法律事務所から会社に転職されるのはそこに原因があるのでしょうか。
アソシエイトの転職は、「企業では労働法の保護を受けられる」というワークライフバランス狙いが多くて、パートナーになってからの転職は、「売上げプレッシャーから逃れたい」という理由が主ですね。みなさん、面接では「ビジネスの意思決定に近いところで働きたい」とか「案件を最初から最後まで一気通貫で関与したい」といった前向きな理由を述べられますが、実態はそんなものですね。
Q 会社から法律事務所への転職も増えていると聞きましたが、どうでしょうか。
法律事務所での売上げは景気によって左右されます。好景気時は、フロント部門である外部弁護士のほうが儲かるので、収入アップを目指した転職希望は増えています。
Q 法律事務所は、インハウスを受け入れるのでしょうか。
今は、人手不足なので、採用の門戸を広げています。もともと法律事務所で働いていたアソシエイトが一時的にインハウスになっていただけならば、即戦力を期待します。修習から直接に会社に就職した「いきなりインハウス」についても、「第二新卒枠」であれば、検討してもらえることが増えています。
6. 大手事務所のメリットとデメリット
Q 就職先としては、やはり、大手事務所の人気が高いですよね。
日本のリーガルマーケットを語る上で、大手事務所は圧倒的な存在感を誇っています。また、司法試験の翌月に行われる内定解禁により、合計200名規模の成績優秀者が大手の内定者として囲い込まれますので、就活において大きな影響力があります。
Q 就職先としての大手事務所の魅力はどこにあるでしょうか。
やはり、「日本経済に影響を与えるような巨大案件に携われる」という魅力は大きいです。数千億円ディールや弁護士数十名を投入する調査案件は、大手でなければ対応できません。
Q 逆にデメリットもあるのでしょうか。
弁護士の成長は、(A)大型案件にチームの一員として対応する経験を積むのと、(B)小さくても案件をひとりで悩み抜いて解決するという2つの方法があります。本来は、(A)と(B)を並行して経験できると良いのですが、大手で(A)に偏りすぎてしまうと、「ひとり立ちするのが遅くなる」という指摘があります。
Q それを乗り越えたら、大手事務所のパートナーは、弁護士のキャリアの理想のゴールですよね。
真の問題は、パートナーになってから直面すると思います。大手は、利益相反のおそれが大きくなっているのと、高コスト体質のため、損益分岐点が高く、売上げノルマが高いことが悩ましいです。
Q 具体的に仕事をする上での制約になるのでしょうか。
弁護士という仕事の醍醐味は、依頼者を選べること、案件を受ける、受けないを自分で決られることにあります。その点、「コンフリクトがあるために自分を頼って来てくれた依頼者の相談を受けられない」とか「小規模の事件を受けられない」ということに物足りなさを感じるパートナーもいます。
7. 中小事務所のメリットとデメリット
Q 中小事務所には、依頼者を選ぶ自由があるのですね。
はい、「自分を信頼してくれる依頼者のために自分の裁量で仕事をできる」という自由の魅力は大きいと思います。
Q パートナーにもなりやすいのでしょうか。
優良な中小事務所は、「将来、パートナーとして一緒に事務所を盛り立てていきたい」と思えるアソシエイトしか採用しません。「パートナーが全アソシエイトの仕事振りを知っている」ならば、改まってパートナー審査をする必要もありません。「パートナー選考で振るい落とされることを恐れずに、中長期的な視点で仕事に取り組める」のは大きなメリットだと思います。
Q 良いことばかりのようにも聞こえますが、デメリットはあるのでしょうか。
事務所の「看板」や「ブランド」でお客さんが来るわけではないので、各自がリーガルマーケットでどうやって自分を売り込んで行くかという課題に直面します。パートナーになれば、新規分野や顧客を開拓していかなければ食って行くことができません。しかし、大手事務所が先行してノウハウを蓄積していますし、企業にはインハウスがもっと増えて行きます。そんな中で、依頼者に選んでもらえるような専門性を確立するのは、やりがいがあると共に、難易度が高い挑戦でもあります。
8. 良い事務所と悪い事務所を見分けるポイントは?
Q 良い事務所はどういう特徴で見分けられるのでしょうか。
100点満点の理想的な事務所なんて存在しません。丸の内の新築ビルのオフィスは職場環境としては素晴らしいですが、「高額な家賃を支払うために働かされている」という不満も出ます。依頼者の満足度を上げるためにレスポンスを早くしようとすれば、アソシエイトには深夜残業が求められるようになります。給料が高いのはアソシエイトにとってはありがたいですが、パートナーにとってみれば、人件費が高まり、収益分配を引き下げます。
Q 何を基準に就職先を選んだらいいのでしょうか。
「どこで修行するか」は、「どこで自己実現を図るか」と分けて考えたほうがいいと思います。「将来、自分は何をしたいのか?」を今から悩むのは時間の無駄です。「どこで自己実現を図るべきか?」は、10年程度の修行を積むまで判断を留保してしまって、就職先としては、「自分にとって良い経験を積める先はどこか?」を重視すべきです。
Q 「良い経験を積める先」はどうやって選ぶべきでしょうか。
法律事務所が抱えている依頼者層に目を向けるとよいと思います。弁護士からの報告を鵜呑みにしない誠実な依頼者からの疑問にひとつずつ答えて行く作業には、手を抜けない苦労はありますが、自分自身の理解を深めるための修行になります。このリクルートガイドに取り上げられた事務所は、すべて優良な依頼者から信頼を受けている先なので、この本に書かれた情報を基にして、さらに、各自で「こんな質問をしてみたい」という想像力を広げてもらいたいですね。
西田章(にしだ あきら)
1999年弁護士登録。長島・大野法律事務所に入所し、経済産業省と日本銀行出向を経て、2006年に独立。2007年に職業紹介事業の許可を受け、西田法務研究所を設立。著書に「弁護士の就職と転職」(商事法務、2007)があり、現在、商事法務ポータルにて「弁護士の就職と転職Q&A」を連載中。
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