弁護士のキャリアは『学歴』で決まるのか?
「法律事務所の採用の書類選考は『学歴』でほぼ決まってしまう」ということを言っていたら、
― だったら、弁護士のキャリアは『学歴』で決まってしまうのですか?
という非難めいた質問を受ける。
これに対する私の回答は、割とシンプルで、
― アソシエイトの市場価値は、わりと『学歴』で決まってしまう(のは受け入れざるを得ない)。
― でも、パートナーの市場価値は、弁護士になった後の実績で決まる(ので逆転可能)。
と思っている。
ここで
― 『学歴』
というのは、結構曖昧な言葉だ。
司法試験受験生を一括りにして序列をつけるものとして、真っ先に思い浮かぶのは、
― 司法試験の合格順位
である(裁判官のキャリアならば、二回試験の成績の方が、司法修習を踏まえた数値として、人事に参照されやすい)。が、企業法務系事務所は、大手事務所を中心に、司法試験の合格発表前に採用選考が終わってしまう。なので、司法試験直後〜合格発表までの時期において、「学歴」とは、
― 予備試験の合否及びその合格順位
― 法科大学院名と法科大学院の成績
― 大学名・学部名と学部の成績
― さらに言えば、高校・中学名(「地頭の良さは15歳までに決まる」という信者もいる)
などのペーパーテストの結果をすべて総合考慮したものとなっている。
で、この「学歴≒ペーパーテストで測られた事務処理能力の高さを示す指標」が、なぜ、「アソシエイトとしての優秀さの指標」として用いられるか?については、
― パートナーにとって、自分が指示した通りに、綿密なリサーチをしたり、事実を(漏れなく)拾い上げて書面化する能力が高そうに見えるから、
という、
― 弁護士業務の下請け業者としての能力が高そう
という理由が挙げられる。
なので、アソシエイトの採用を考えた場合に、採用担当パートナーとしては、
― 『学歴』が低い応募者よりも、『学歴』が高い応募者のほうがいいよね、
ということになる。
(ここで「学歴はいいけど、オレ流の仕事をしたがるから、先輩の指示を聞かない」という付加情報があれば、その応募者の評価は下がるし、逆に「学歴はイマイチだけど、メンタルが強いので、多少、シンドイ仕事を振っても潰れない」という追加情報があれば、その応募者の評価は上がるなどの修正は入る。ただ、これら修正項目は、客観的な指標では測りにくいため、面接を担当したパートナーの主観で左右されてしまう。)
では、
― このアソシエイト時代の市場価値は、そのままパートナーになってからも引き継がれるか?
と言えば、そうではない。
なぜならば、クライアントが、法律事務所のパートナー弁護士に対して期待するものは、
― 方針が定まった上での事務処理能力の高さ
ではなく、
― どういう方針決定をすべきかがわからない中での判断力(課題発見能力や問題解決能力を含む)
だからである。
そして、クライアントが、法律事務所選びで参照する指標は、
― 同種案件をこなした実績・経験
である。
法律事務所の新人弁護士採用の場面において、応募者が、自分のGPAの高さや予備試験の順位をアピールするのは効果的であるが、もし、クライアントが、自社の命運を決する大型案件のリーガルアドバイザーを選ぼうとしている時のビューティーコンテストで、法律事務所のパートナーが、クライアントの担当役員に対して、
「私は司法試験に2位で合格した能力を持っているので、安心してお任せ下さい」
という自慢を始めたら、それは業界の常識を逸脱したクレイジーな言動と受け止められてしまう。現実には、そのプレゼンテーションは(案件に関する情報が提供されているならば、その情報に基づく処理方針の見立てや弁護士費用の見積りを伝えた上で)
「私たちチームは、過去にも、こういう案件でこういう実績を挙げていますので、今回の案件でも必ずやご期待に沿う成果を挙げてみせます。」
という風に締め括られることになろう。
つまり、『学歴が良い司法試験合格者』のキャリアは、
― まずは、自分の事務処理能力の高さを売りにして、評判の高い法律事務所のアソシエイトの地位をゲットして、
― 潜り込んだ法律事務所において、「良い案件」に従事させてもらうことで、少しずつ『優れた弁護士経験』を積んでいくことによって、
― パートナーになってからは、『優れた弁護士経験』を売りにすることによって、クライアントからの信頼を得て、売上げを立てていく、
という道を辿るのがベストシナリオと考えられている。
それでは、スタート時点において、
― 『学歴がイマイチの司法試験合格者』
と区分されてしまった場合についてはどうか?
前述のとおり、私は、
― 学歴が良いことが、優れたパートナーになるための必須要件ではない、
と考えている。ただ、
― 『優れた経験を得るために人気の高い環境≒評判の高い法律事務所』のポジションは『自分よりも学歴が良い同期』に奪われてしまう、
という状況に遭遇する。そのため、
― 『人気はイマイチだが、優れた経験を積めそうな法律事務所』を探す、
か、もしくは、
― もはや、優れた先輩弁護士から指導を受けるというルートを諦めて、いきなり、直接に、クライアントから面白い案件を振ってもらって自ら適切な経験を積んでいくことで弁護士としての成長を目指す、
かのどちらかに逆転のチャンスがあると考えている。
ここで、(いきなり自らクライアントを獲得しよう、という猛者は、この記事を読む機会もないだろうから)前者の抜け道を目指すとすれば、
― 『人気はイマイチだが、優れた経験を得られそうな法律事務所』とは?
という疑問を抱かれるだろう。
すぐに思い当たるのは、
― ボス弁がパワハラ系で、執務環境はブラックだが、クライアント筋も良く、良い経験を積めそうな法律事務所
とか、
― ボス弁がケチで、給料は安いが、面白い事件を扱っており、良い経験を積めそうな法律事務所
が考えられる。
誰も、自分から望んで、「パワハラ系の事務所」や「安い給料の事務所」で働きたいとは思わないだろう。ただ、
「自分は、一人前になったら、こんな事務所は出て、独立又は転職してやる!一人前になるまでの辛抱だ!」
と思えば、「あとで元を取ること」も十分に可能である(アソシエイトとして働く期間はせいぜい5~10年程度であるが、パートナーとして働けるのは20年以上に及ぶ)。
なので、私は、
― 「学歴で出遅れてしまった」という自覚があるならば、ブラック事務所のリスクを取ってでも、「良い経験の獲得」を優先して進路を考えるべきではないか?
という提案をしている。
ただ、現実には、その提案が受けいられることはない。つまり、
― 学歴でピカピカの若手が、敢えて、厳しい労働環境を選んで、更に良い経験も積んで成長していくパターン、
と、
― 学歴でイマイチの若手が、労働環境のホワイトさや給料の良さを優先して、将来性のない業務で小銭稼ぎをするに終わっているパターン
ばかりに遭遇する。
私が偶々目にした限られた事例だけを基にした感想に過ぎないので、決して、これを一般化して伝えようとする意図はない(が「『ペーパーテストにおける厳しい目標を設定して努力を積み重ねてきた結果』が『優れた学歴』なのだから、そういうシナリオを辿るのが自然である」という論者もいるだろう)。