「法律事務所の職域と人事採用」ロースクール研究No.17(2011年5月1日)
ロースクール研究No.17(2011年5月1日)の「特集 法科大学院修了生の進む道」では、法科大学院協会シンポジウム(2010年12月18日@専修大学)でスピーチした原稿を掲載していただきました。
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法律事務所の職域と人事採用
1. はじめに
(1) 本稿の視点
本稿は、法務系の人材紹介業務に携わってきた筆者が見聞した法律事務所の職域と人事採用の実情を報告するものである。
人材紹介業は、2つの側面を有している。ひとつは、法律事務所や企業を依頼者として、その採用活動を支援する「リクルータ」としての側面である。もうひとつは、就職や転職を考える個人の側を向き、そのキャリア相談を受けて、選択肢の探索や各選択肢のメリット・デメリットを助言する「コンサルタント」としての側面である。本稿では、まず、リーガルマーケットの最近の特徴的な傾向について言及した後に、リクルータの視点からの現状認識、そして、キャリアコンサルタントの視点からの現状認識について述べてみたい。それらを踏まえて、最後に、紹介業者の立場から、法科大学院に期待されるキャリア支援の方向性についての私見を簡単に述べてみたい。
(2) 国内市場
司法制度改革において設定された司法試験合格者数の数値目標を維持することに対しては「新人弁護士の就職難は深刻な状況に陥っており、ここに弁護士人口の増加のスピードを上げたら、法曹の質を維持することは難しいのではないか」という議論がある。
確かに、国内のリーガルマーケットの規模に関して、現場の弁護士には「リーマンショック以降、激減しており、回復していない」という実感を抱いている者が大半である。これに対して「不動産流動化やファイナンス案件は減ったが、債権回収事件、倒産事件や労働事件は逆に増えている」という見方もある。しかし、不動産流動化やファイナンス案件は、相当数の弁護士のマンパワーを必要とする業務であり、法律事務所に規模拡大の動機付けを与えると同時に新人弁護士にも経験を提供するものであったのに対して、倒産や労働等の紛争案件は経験ある弁護士の個人的知見やノウハウに依存する面が大きく、既にマーケットで地位を確立したベテラン弁護士に業務が集中する傾向が強い。また、企業におけるコスト削減の動きは弁護士費用にも及んでおり、定型的なディールには複数の法律事務所の相見積りを取得するなど、リーガルフィーの値下げ圧力も強まっている。
法律事務所の経営体質上、「不景気の間は、コストを削減して、耐え忍んだ方が合理的である」という発想に流れやすい。法律事務所は、所得税を収める個人事業主の集合体であり、外部投資家からの資本もなければ、その監視の目に晒されているわけでもない。事務所共通の利益のために積極的な先行投資をすることは難しいが、財務情報が開示されるのは税務署と取引銀行に限られているため、単年度の経営成績に過度に神経質になるほどのこともない。そのため、評判を確立しているベテラン弁護士は、既存の優良顧客との関係の維持・強化に力点を置き、経費(人件費等)の支出を控える傾向が強い。
若手弁護士は、新規の顧客又は業務分野の開拓に励んで自分を売り出すべき立場にあるが、これも大きくは進んでいない。新規開拓に向けた中長期的な事業計画を策定したところで、それが実を結ぶまで事務所を維持していけるだけの資金力を有する者は限られている。むしろ、アルバイト感覚で「手っ取り早くお金になる(ルーティンな)仕事」に従事することで、毎月の事務所経費(家賃等)を賄うことに腐心する者が少なくない。
(3) クロスボーダー市場
弁護士の職域は、「一般民事(個人を依頼者とする業務)」と「企業法務(企業を依頼者とする業務)」に大別する区分が浸透しており、「企業法務」の職域は、これを「国内法務」と「渉外法務」に分けて考えるのが一般的である。
「渉外法務」を取り扱う「渉外弁護士」は、これまでは、主として「英語で日本法を説明する能力がある弁護士」を指し、「対日投資を行う外国企業に対して英語でのリーガルサービスを提供する」業務が想定されていた。しかし、日本の内需は頭打ちとなり、外国企業からみた日本市場の魅力が薄れ、更に、不動産等の資産の割安感も見出しにくくなることで、外国ファンド等の投資対象としての重点地域から外れている。
日系企業は、その成長戦略を東アジア・インド・中東・南米等の新興国への進出に向けている。このような海外進出に際して、日系企業は、現地プロジェクトに関するリーガルリスクを抱えるので、日系企業を依頼者とする、あらたな「渉外弁護士」の職域が存在するようにも思われる。ところが、現実には、このような「アウトバウンド」案件において、弁護士が活躍する余地は大きくはないし、すぐには広がる気配がない。というのも、弁護士資格は、あくまでも「日本法の専門家」としてのお墨付きにすぎないからである。日系企業の海外進出におけるリーガルリスクは、プロジェクトの国際取引に係る契約法と現地の法制度(規制法、実体法及び手続法)に派生するものである。国際取引において日本法が準拠法とされることは、残念ながら稀である。海外進出プロジェクトで「日本法」の専門性を発揮する余地は乏しく、現地の法律事務所による助言に基づいた対応が不可避となっている。
ただ、「日本法知識」がそのままの形で役に立たないとしても、より幅広い意味での法律家としての「リーガルマインド」が国際取引に関する交渉や現地法律事務所とのコミュニケーションにも役に立つことは明らかである。これは、「弁護士」という資格に依拠する専門性とは異なるため、「法科大学院修了生の職域」に照らして言えば、「司法試験に合格して(日本法)弁護士資格を取得しなくとも、国際取引における法務スペシャリストになれる」という可能性を窺わせるものである(例えば、法科大学院を卒業後は、日本の司法試験を受験せずに、米国のロースクールに進学して、NY州弁護士資格を取得する、というキャリアが現実味を帯びた選択肢となっている)。
2. リクルータの視点
(1) 法律事務所の人事採用
法律事務所の大半は、個人事務所と、ひとつの看板の下に個人事務所を連ねた商店街形式の共同事務所で占められている。とはいえ、日本において、法律事務所に関する最大の客観的データは「所属弁護士の数」であるため、事務所を大規模化することが顧客の信用獲得に役立つと考えられてきた。また、リーマンショック後は、経費(主に家賃)削減のための共同事務所化の動きもある。しかし、その大半は「経費分担」に留まるものであり、収入を共通化するまでの共同化は進んでいない(案件から生じる収入について、各弁護士の貢献度合いを測定する計算式を全弁護士が納得する形で策定することは容易ではない。また、各弁護士が区々の節税対策を講じていればそれを共同化することにも煩雑さが伴う)。
人件費を投じてイソ弁を採用すれば、事務所の案件処理容量を向上させることが期待されるが、複数の弁護士が共同でイソ弁を利用することには、人件費の分担方法や利用の優先順位を巡って不公平感が生まれやすい。弁護士会の旧報酬規程は、案件の金額をベースに着手金と報酬金を算定する方式を用いており、この考え方は現在でも多くの法律事務所で維持されている。旧報酬規程の下では、金額の大きい事件を受任することが事務所の売上への貢献を果たすものであり、これは、ボス弁の経験と信用に依存する。もちろん、受任した案件を適切に処理することが事務所の信用維持につながるが、イソ弁の稼働自体が売上げを生み出すわけではない。ボス弁の立場からすれば、「自分の分身として受任した案件の下請け作業をしてもらう」ことがイソ弁を採用する目的であり、その利用は「自分の時間と身体を空けてくれる」というメリットを生んでいる。このように、イソ弁の本質を捉えてしまうと、イソ弁が仕えるべきボス弁はひとりが原則となり、イソ弁の人件費を複数弁護士に分担させることも困難になる。結局のところ、多数の弁護士が所属する共同事務所であっても、(個人事務所と同様に)イソ弁の採用枠は、特定の「ボス弁」に人件費を負担する余力(仕事量と資金力)があるかどうかで決定される。
このような「個人事務所」型とは異なり、ごく一部であるが、日本でも、経費だけでなく、収入を一本化している巨大な法律事務所も存在する。このような法律事務所は、経済活動の複雑化・大型化・迅速化に伴い、それに見合う高度なリーガルサービスを求める顧客のニーズから生まれてきたものである。これら事務所では、顧客に対する弁護士報酬の請求にタイムチャージ方式(弁護士費用=各弁護士の時間単価×稼働時間)が採用されていることが通常である。アソシエイト(大規模事務所のイソ弁)の勤務時間は、どの事件又は顧客のために割かれたかが日々記録されることになる。アソシエイトの稼働がどの事件の売上げにどれだけの割合で貢献したかを測定することができるため、「アソシエイト=事務所の共通の資産」という位置付けが可能になっている。
(2) 法律事務所の新人採用における考慮要素
法律事務所が採用する新人弁護士の選考過程においては、「地頭の良さ」と「アベイラビリティ(使い勝手の良さ)」が重視される。
第一の要素としての「地頭の良さ」は、一般企業のポテンシャル採用と同様に、「学習効果の高さ」に通じるものと理解されている。そして、採用選考においては、「地頭の良さ」を測る指標として「司法試験の順位」と「学歴」が最も多く参照されている。司法試験合格者数の増加を受けて、最近では、法律事務所が「新人募集」の告知をすれば、数百人に及ぶ志願者からの履歴書が送付されることも珍しくない。企業のような人事セクションを持たない法律事務所においては、面接に呼べる人数も限られている。書類選考で大半の志願者を振い落とさなければならないため、応募者を比較しやすい指標で大量に足切りする運用が広まっている。また、(司法制度改革の理念はさておき)選考する弁護士の念頭には「旧司法試験でも合格したであろう水準の者を採用したい」という気持ちが根強く、「司法試験の順位」による選別への依存度が高い。
第二の要素としての「アベイラビリティ(使い勝手の良さ)」は、法律事務所におけるイソ弁(アソシエイト)の採用が雇用関係ではない(労働法の適用がない)ことに起因する。イソ弁(アソシエイト)の仕事は、顧客から直接に信認を受けたものではないが、ボス弁(パートナー)の身代わりとして、顧客からの緊急の依頼にも対応できるものが求められている(勤勉なイソ弁(アソシエイト)を身代わりに立てることで、ボス弁(パートナー)は他の業務又はプライベートに自分の時間を費やすことができる)。平日の業務時間に限らず、夜間又は週末になされる得意先からの相談に迅速に応えるために「アベイラビリティが高いこと」は「優秀なイソ弁(アソシエイト)」としての基本的条件のひとつとして数えられている。その反作用として、勤務時間に融通が効かない環境にある者は、就活で事実上のハンディを課されてしまう。また、年配者も(その経験を評価する以前の段階で)「年上に雑巾がけ的業務を頼みにくい(使い勝手が悪い)」という心理的抵抗を与えて書類選考で落とされる危険が高い。
第三の要素は、事務所の規模に応じて二分される。中小事務所(個人事務所又はその集合体)においては、「ストレス耐性」が求められる。一般民事を含めた弁護士業務には、関係当事者の憎悪が渦巻く後ろ向きな事件も少なくない。知能指数が高くて真面目すぎる若手弁護士が没頭しすぎると、精神的に疲弊してしまうこともある。中小事務所としても、一旦、採用して教育を施したイソ弁には3~5年は我慢して働いてもらいたいという気持ちが強い。そこで「3~5年は耐えられるようなメンタルが強い人材」へのニーズが高い。
これに対して、大規模事務所(収支共同型等)においては、第三の要素として「協調性」が求められている。これら法律事務所では、企業依頼者に対して、チームとしてのリーガルサービスを提供することが心がけられている。チームでの対応は、専門性やマンパワーを備えるだけでなく、仕事から来るプレッシャーを受け止める表面積も広がる。内部的な経営意思決定においては合議制が用いられているため、「我」が強い人材には不向きである。そのため、「地頭が良く」「アベイラビリティ」があることに付け加えるべき資質には、「チームプレーができる」ことが求められやすい。
(3) 法律事務所の人事採用における課題
法律事務所においては、採用に対して、二種類のリスクが認識されている。ひとつは、「いい人材」を採用し損ねるリスクであり、もうひとつが「問題児」を採用してしまうリスクである。
大規模事務所は「最高のリーガルサービスを提供する」ことが存在意義であり、それが依頼者からの値引き圧力にも負けない収益の源泉となっている。「将来の事務所を支える最高レベルの人材を確保する」ということが重要な経営課題であるため、優秀と思しき人材を囲い込む人事戦略が採用されている。リクルート活動は、法科大学院時代から成績優秀な学生との接点を増やすことからスタートして、相当数の幹部候補生が確保される。採用になると、今度は、同期の弁護士間でのパートナー枠を巡る競争を通じて審査・選別が行われる。この所内出世競争から脱落又は離脱した者は、自ら、事務所を去り、他の選択肢を探ることが想定されている。
これに対して、中小事務所においては、「総合的にみて、バランス感覚に狂いがあるような問題児を採用したくない」というリスクを回避するニーズが強い。小さな職場においては、問題児が一人でも混じることは職場の雰囲気を著しく悪化させるし、仕事を一緒できない者を抱えておく余裕はない。そのため、いくら志願者が増えてよい人材を採用するチャンスが広がったとはいえ、飛び込みで応募してきた志願者に「隠れたる瑕疵」が存在するリスクを軽視することはできない。そこで、中小事務所においては、身元保証人が存する「縁故」に信頼感を認めたり、弁護士としてのトラックレコードと評判が存在する経験弁護士を第二新卒枠に採用する方が審査をしやすい、という判断に傾きがちである。
3. キャリアコンサルタントの視点
(1) キャリアモデルの変化
ごく最近まで、「弁護士」の自己実現の手法は「いずれは独立して一国一城の主になる」ことにあると考えられていた。今でも、中小事務所においては、そのモデルは基本的には維持されている。入所当初の新人弁護士は、その仕事の100%をボス弁からの下請け作業が占めていても、徐々に自分の依頼者からの案件(個人事件)を受けるようになる。個人事件は、親族や友人関係からの相談の他に、事務所に来た法律相談のうち、事件の難易度や規模に応じて、ボス弁がイソ弁に「個人事件で受けてみないか」と促すこともある。そうして、イソ弁も、次第に、個人事件の割合を増やして行き、5年もすれば、事務所からの下請け業務よりも、個人事件が仕事のメインとなり、独立への準備を整えることが想定されている(イソ弁が独立して出て行くと、ボス弁はこれに代わるイソ弁を採用する、というサイクルが続いていく)。
このような伝統的なキャリアモデルは、大規模事務所においては通用しない。事務所案件に従事するアソシエイトは、年々、より複雑な案件を任されて専門的知見が求められるようになり、5年も経てば、大規模事件を担当し、後輩弁護士を束ねる番頭役を任せられることもある。経験年数を重ねるにつれて弁護士としての業務執行能力は磨かれていくが、だからといって、自然に個人事件が増えるわけではない。依頼者の大半は企業であり、事務所の看板に対する信頼をベースとして依頼がなされている。企業が、事件を担当するアソシエイトの仕事振りを評価したとしても、それだけではアソシエイト個人に事件を依頼してくれるようになるわけではない。
(2) 弁護士経験と収入の推移
キャリアモデルの違いは、収入形態にも現れてくる。企業のように、年功序列的に給与が上昇するイメージが当てはまるのは、大規模事務所における現代型のキャリアモデル(の当初の10年程度)だけである。アソシエイトは、年次が上がるほどに専門性が磨かれることが期待されており、顧客に請求するタイムチャージの単価と共にその給与も上昇していく。だが、いつまでも給料を貰い続ける立場でいることまでが保障されているわけではない。大規模事務所においても、10年程度経った頃には「パートナー=自らを信頼して相談して来てくれる依頼者を持てるプロフェッショナル」となっていることを目指さなければならない。
伝統的なキャリアモデルを有する個人事務所のイソ弁には、「雇われ人」的要素と自営業者的要素が当初から併存しており、収入にもこれが現れる。イソ弁は、一定の給与を保障されるのが通例であるが(そのような保障がない形態が「ノキ弁」と呼ばれる)、その給与は、定期昇給が予定されているわけではない。イソ弁の経済目標は、個人事件の比重を増やして行くことにより、「事務所からの給与+個人事件の収入」を合計した収入を伸ばしていくことにある。
(3) 若手弁護士のキャリア形成上の課題
中小事務所においても、大規模事務所においても、最終的には「客を穫れるようになる」ことが最大の課題となる。「顧客獲得」には、「ブランド/信用力」、「人脈」及び「業務執行力(専門性を含む)」が重要であると言われる。大規模事務所においては、事務所名による「ブランド/信用力」が存在し、パートナーの「人脈」を活用して案件を受任する分業体制が設けられているため、アソシエイトは、与えられた案件に取り組んで「業務執行能力」(企業依頼者を獲得するための必須要素)を磨くことに専念する環境が整っている。デスクワークに没頭しがちであるため、事務所外に人脈を築く必要性を感じにくく、営業力を伸ばすことが疎かになる傾向も見られる。
中小事務所のイソ弁は、個人事件において「案件を処理するだけでなく、報酬を請求して回収する」というプロセス全般を通じて自ら顧客対応の経験を積み重ねていく。コミュニケーション能力を磨く機会には恵まれるが、法律的により高度な専門性を追求する(業務執行能力を向上させる)機会が乏しいこともある。また、個人依頼者の相談は、交通事故や離婚や相続等、一回限りの案件であることが多い。そのため、(企業依頼者が、業務執行能力の高い弁護士のサービスを受けた場合に、同じ弁護士にリピートで案件を相談する傾向が強いのに比べれば)個人依頼者を中心とする弁護士業務は、常に、新たな顧客開拓に励み続けなければならない。そこで、最近では、弁護士の営業にも、インターネット等を通じて幅広い広告戦略が必要であると説く者も現れている。他方では、法律事務所を「看板のない高級料理店」にたとえて、「自分の仕事を適切に評価してくれる(舌を持った)依頼者のためにだけ働きたい」という考え方も根強い。飛び込み客を受けないスタンスを持つ弁護士は、エンドユーザーへの売り込みよりも、「弁護士の最大の依頼者は弁護士」という格言に従い、先輩弁護士等との人脈の強化を重視している。
4. おわりに - 法科大学院によるキャリア支援に対する期待
(1) 法務系人材のキャリア多様化の承認
企業及び官公庁で働く法務担当者も含めた「法務のスペシャリスト」を対象とする人材市場は、法科大学院の創設により、「法学部卒業」、「法科大学院修了」、「司法修習修了」、「法律事務所での弁護士経験」、「企業法務部勤務」と、教育及び実務経験の多様化が進んだ。今後は、企業等と法律事務所との間での人材の行き来が更に頻繁に行われることが予想される。
法科大学院において「司法試験に合格して法律事務所に就職する」というキャリアパスが卒業生の典型例のひとつではあることに変わりはなくとも、それ以外にも、法科大学院在学中から、エクスターンシップ等を通じて、学生の適性に応じて、企業等への就職も含めたキャリアに進むことを具体的にイメージさせる環境を早期に提供し、学生の視野を広げていくことが求められている。
(2) 企業等における卒業生の受け皿の拡大
企業等における卒業生の採用枠の拡大を導くための最も現実的な方法は、優秀な卒業生を企業等に送り込んで、「来年も採用したい」という評価につなげることである。
もちろん、卒業後の進路は、本人の意思によって決定されるものである。ただ、情報不足を補うことでより積極的な進路選択を支援することは可能である。企業法務の実態を知ることは「ビジネスの意思決定プロセスに直接に携われる」という企業への就職という選択肢の魅力を高めるだろう(とりわけ、海外進出に必要とされる「渉外法務」は、ビジネスサイドの実態や現地法律事務所との濃密なコミュニケーションを重ねることによってこそ専門性を磨けることは、国際的関心が高い学生に魅力となりうる)。
(3) 独立系弁護士へのキャリア支援
独立した弁護士にとって、法科大学院は、他の弁護士との人脈を形成してくれるプラットフォームとしての期待を受けている。新人弁護士が「技」を学ぶべき師匠は、必ずしも同じ事務所に所属する先輩弁護士に求めなければならないわけではない。案件ベースでも優秀な先輩弁護士と共同受任又は復代理として働くことができれば、新人弁護士は、報酬の配分に預かるだけでなく、多様な経験を積む機会を増やすことができる。また、これから業務を拡大しようとしている年次の弁護士にとっては、自己の業務の下請け先に優秀で意欲のある新人弁護士を紹介してもらうことができれば、(固定費をかけてイソ弁を雇うまでの余裕はなくとも)既存業務を新人弁護士に手伝ってもらうことにより、新規顧客の開拓に自分の時間を割くことも可能となる。例えば、若手弁護士の取扱い案件がデータベース化されたならば、案件毎に適切な若手弁護士のチーム組成のマッチングを成立させる幅が広がるだろう。
補論 「一般民事」と「企業法務」
(1) 法務人材(経験者)市場
法務の経験者市場は、これまで、弁護士資格の有無を基準として、「弁護士」と「企業法務担当者」に峻別されていた。だが、今の市場では、法務人材を「企業法務経験(弁護士を含むがこれに限らない)」に集約して理解する動きがある(一般民事の経験弁護士の採用枠は狭く、縁故が重視されるため、市場が機能していない)。これから「企業法務のスペシャリスト」をめざす者には、「独立」の実現可能性が低くなっているため、現実的なキャリアパスを「社内(所内)昇進」か「転職」に求めるほかなくなっている。
(2) 一般民事のキャリアパスの留意点
弁護士をめざす動機の典型例は「困っている人の役に立ちたい」という「代理人業務」への憧れである。企業よりも個人の方が弁護士に対する依存度が高いため、「依頼者から感謝されたい」という職業欲求を満たすには、弁護士資格を取得して、自分を必要とする個人依頼者を集客できる事務所の設立(独立又は所内独立)をめざすことになる。このような仕事の模範を「赤ひげ診療譚」(山本周五郎原作)に登場する医師の新出去定に求める向きもあるが、小石川養生所は「貧しい人々に無料で治療を施す裏側で、権力者から法外な報酬を取得していたからこそ、診療所の資金繰りを賄えていた」という点にも留意しなければならない。
(3) 企業法務のキャリアパスの留意点
「法律学を究めたい」という知的好奇心から法律専門職をめざす場合には、企業法務の世界に身を投じる選択が適している。但し、弁護士になっただけでは法務人材市場にエントリーしたことにはならず、企業法務を扱う法律事務所又は企業法務部等において実務経験を積まなければ市場価値は生まれない。ただ、「まず法律事務所で弁護士の基礎を身に付けなければ役に立たない」との盲信は薄れている。漫然と司法修習に進むよりも、直ちに企業や官庁での実務経験をスタートさせる道を選択した者の方が人材市場において高い評価を得る可能性も生まれている。
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