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2017年5月17~19日:商事法務ポータル「司法試験受験生の就活は法律事務所と企業で何が違うのか?」

2017年5月17日~19日、商事法務ポータルに「司法試験受験生の就活は法律事務所と企業で何が違うのか?(1)、(2)、(3)」と題する論稿を掲載していただきました。

「司法試験受験生の就活は法律事務所と企業で何が違うのか?」

 司法試験が終わると、企業法務を目指す受験生たちは、直ちに就活を始めなければなりません。私は、弁護士を対象とするヘッドハンティング業を営んでいるので、受験生へのキャリアコンサルティングを求められることがあります。昨年も、法科大学院主催の就職ガイダンスにスピーカーとして登壇しました。壇上からは、リクルートスーツを身にまとった若者が熱心にメモを取っている姿がよく見えました。
 私が紹介業務を始めた10年前は、企業に就職する弁護士が少しずつ増え始めた頃でした。当時は、企業の採用担当者から、「弁護士資格を持っているからって偉そうにされても困る」と愚痴を聞かされました。そのため、企業面接に臨む弁護士に対しては、「少しはマナーも意識してください」と注意しなければなりませんでした。今では、そんなアドバイスは不要になり、受験生たちは自ら「行儀よさ」を身に付けてくれています。

 確かに、10年前、偉そうにしている弁護士ばかりの中に、「行儀がよい弁護士」が混ざっているのは、ひとつの個性でした。「弁護士なのに謙虚である」と、「よい驚き」を与えることができました。ただ、年月が過ぎて、今では、行儀よく振る舞うことが当たり前になりました。そのため、平凡な成績の受験生が行儀よさだけを追求しても、「能力も言動も平凡」と埋没してしまいます。それでもまだ企業への応募では、司法試験受験生は特別視してもらうことができますし、書類選考で落ちても、業界研究による「学び」は残ります。しかし、法律事務所は、書類選考の落選者に対してフィードバックを与えてはくれません。徒らに法律事務所への応募を何十回も繰り返しても、「お祈りメール」に自信を失わされて、または、選考結果が届かずに放置されることに伴う精神的な疲れを溜め込んでしまいます。

 「下手な鉄砲数打ちゃ当たる」作戦は、司法試験受験生の就活において、「愚の骨頂」です。本稿では、これから企業法務への就活を控えた受験生に対して、私の人材紹介業務の経験を踏まえたアドバイスをご紹介させていただきたいと思います。

1.  企業と法律事務所の就活は何が違うのか
(1)   採用業務の位置付け
 企業の新卒採用は、ポテンシャル採用です。人事部は、「我が社の中長期的な成長に役立つ人材」を確保することを目指します。担当者はそれが本業ですので、妥協は許されません。できる限り幅広い候補者層から、最も優秀かつ適切な人材を選び出すことに最大限の努力を尽くします。よい人材を採れなければ、企業の発展可能性を損ないます。ミスマッチの人材を採用しても、解雇できるわけではないので、無駄だと感じながらも育成を諦めることはできず、非効率でも職務を任せ続けることになります。
 これに対して、法律事務所の新卒採用を担当するパートナーにとっては、弁護士業務が本業です。自分たちにとって適切な新人を確保できさえすれば、手っ取り早く採用選考を終わりにして本業に集中したいのが本音です。どんなに優秀な新人を採用できても、いずれは独立してしまうかもしれません。ミスマッチはお互いに不幸なので、指導しても直らない適性を欠く新人には、別のキャリアを歩んでもらうほうがよいと考えています。

(2)   短期的に求められる資質
 企業活動は、チームプレーです。新人には、仕事を進める上では、「報告・連絡・相談」を徹底することが最も重視されます。「働き方改革」が進められた現在は、労働法の枠組みの下でワークライフバランスを追求することは公には誰も否定することができません。
 これに対して、弁護士業務の主体は、パートナー個人名義です。そして、仕事の成果は、依頼者に対しても、裁判所に対しても、書面を介して提供されます。そのため、業務を補助するアソシエイトのコミュニケーション能力も、口頭の報告ではなく、綿密なリサーチに基づく起案力によって計られることになります。また、法律事務所は、アソシエイトを(雇用ではなく)業務委託であるという理解で採用しています。ここでは、労働者保護の理念よりも、プロフェッショナルとしての仕事の質の高さと期限遵守の要請が優先されます。

(3)   中長期的に求められる資質
 企業活動は、チームプレーなので、プレイヤーから管理職に昇進していく社員に求められるのは、リーダーシップです。チームをまとめて関係部署との調整を重ねながらプロジェクトを遂行していくことが企業としての成果につながります。
 これに対して、アソシエイトからパートナーに昇進していく弁護士に求められてくるのは、営業力です。法律事務所の業務は、案件を引っ張ってくるパートナーと、その仕事を補助するアソシエイトによって成り立っています。そのため、アソシエイトからパートナーへの壁を打ち破れるかどうかは、依頼者からの信頼を得て、自ら案件を獲得する営業力を身に付けられるかどうかにかかってきます。

2.  エントリーシート(ES)作成
(1)    何を目標としてESを作成するのか
 ESは、自己を面接審査に進ませるべきであると訴える準備書面のようなものです。企業向けには、チームプレーに必要なコミュニケーション能力やリーダーシップがあることを主張することになり、法律事務所向けには、リサーチ力や起案力があること、または、将来の営業力を期待させる人脈を訴えることになります。
 私が就職ガイダンスでメールアドレスを伝えると、「ESを添削してください」との依頼でESを送ってきてくれる熱心な受験生がいます。その熱意には感心するのですが、ESを文章だけで添削することにはあまり意味がありません。受験生は法律事務所に提出するESに「粗相がないように」と考えます。しかし、ESの目的は、読み手である採用担当者に対して「本人に直接会って話を聞いてみたい」と思わせる「何か」を盛り込むことができるかどうかがポイントになります。よって、文章を洗練するだけでは足りないのです。
 法律事務所の書類選考では、予備試験の現役合格者は、それだけでESが「光る」ので、自由記入欄を無難にまとめるのも正解です。他方、法科大学院修了生は、失点を防ぐだけでは書類選考を通過できません。限られた文字数の自由記入欄に、20数年間の人生で培ってきた経験と人脈の中から、何を切り出して自分を表現するかのセンスが問われることになります。

(2)    自己PR
 受験生のESには、「復興支援のボランティア活動」「インド旅行」「サークルの幹事」などの経験を通じて「チームワーク」や「リーダーシップ」を学んだ、という記述が目につきます。しかし、これらエピソードは採用担当者に見慣れたものなので、それだけでは大量のESを数秒毎にめくっていく採用担当の手を止めるだけのインパクトはありません。一歩進んで志望動機にまで結び付くような一貫性のあるストーリーを提示してもらいたいところです(例えば、「インド旅行」経験に加えて、「だからインド赴任も厭わない」とまで言える覚悟があるかどうかです)。
 むしろ、奇を衒わずに「ラグビーで全国大会出場」とか「剣道2段」といった経歴を主張できるほうが評価される可能性を秘めています。学業成績の優秀者は、「要領のよさ」や「事務処理能力の高さ」は推認されますが、順風満帆に育って来た新人は逆境に弱いリスクが懸念されます。その点、体育会活動の実績は「素直に指示に従う」「困難な局面でも諦めない精神力がある」「ハードワークにも負けない体力がある」ことを期待させてくれます。

(3)   志望動機
 上場企業への志望動機を起案する際には、有価証券報告書を眺めて、他業界や競合他社とも比較しながら、「なぜこの業界で働きたいのか?」「この業界の中でなぜ貴社で働きたいのか?」を説得的に主張することになります。
 これに対して、法律事務所については、情報が圧倒的に不足しています。依頼者名も財務データも公開されていません。どの事務所の経営理念も「クライアント・ファースト」に尽きてしまいます。そのため、「貴事務所でなければならない」という事情を見出すことは困難です。それでも、所属弁護士が過去に関与した裁判例や執筆した論文があれば、これらに目を通して、弟子入りを志願するような気持ちで起案すれば、「数打ちゃ当たる」型の応募者のESとは違うものになっていくはずです。
 法律事務所への応募のポイントは、採用担当者に「こいつは書類選考で落とすわけにはいかず、一度は会っておかなければならない」という「ご縁」を感じさせられることができるかどうかです。これには、「過去」における自分と応募先との接点を訴える方法と、「将来」における自分のキャリアと応募先の業務が交差する点を訴える方法があります。「過去」の振り返りとしては、もし、自分の親族や大学時代の指導教官でも応募先に所縁がある人物がいるならば、その人脈を具体的に明示することが考えられます。
 先ほど、自己PRの項目で「インド旅行」エピソードに加えて「だからインド赴任も厭わない」とまで言い切る作戦に言及したのは、「将来」を見据えた意欲を訴えるものです。自分よりも基本スペックに勝る候補者と競合した場合には、彼・彼女らが敬遠するリスクも取ることで初めてチャンスが生まれるのです。もっとも、それは卑屈になることを意味しません。最近では「お茶汲みでも何でもやります」と記載する方もいますが、お茶汲みにはその業務に適した事務員を採用します。口先ではなく、自身の経歴や人脈を生かせる方法を模索してみてください。

3.  面接対策
(1)    「緊張」と「自然体」
 就活のノウハウ本では、面接には「自然体」で臨むことが指導されています。確かに、緊張したために、面接官の質問に思うように答えられなかったとしたら、「あぁ、あのときにこう答えられていたら」という後悔につながります。
 緊張するのは、「面接官に好印象を与えたい」という心理的プレッシャーに基づくものです。そのようなスケベ心は捨てて、「受からなくてもいいから、このことだけは伝えてやろう」という具体的な野心を持って面接に臨んでもらいたいと思います。実は、面接官の側でも、初対面の候補者と会うのは緊張するので、少しぐらい候補者が緊張してくれているほうが話しやすいのです。

(2)    ES記載の経歴の補足説明
 面接は、面接官から受験生への質問と、受験生から面接官への質問の二つのパートで構成されます。このうち、面接官から受験生への質問は、ES記載事項に基づいて行われます。面接官との話が盛り上がって時間切れになるのは問題ありませんが、受験生が要領の得ない回答を続けたが故の時間切れはバッドシナリオです。ですから、受験生は、自分の経歴の分岐点を手短に説明できるように準備しておくべきです。中学受験の理由、高校選択の理由、高校時代の部活、大学選択の理由、学部時代の生活、法曹を目指した理由、司法試験の選択科目を選んだ理由等。すべてを聞かれるわけではありませんが、どの時代のことを聞かれても、一言で即答できるショートバージョンと、面接官が興味を持って更問をしてくれたときに、初めて披露するロングバージョンを両方とも準備しておくべきです。
 面接の主導権は面接官が握っていますので、ESに記載していないことは説明する機会すら与えらません。面接で主張したいことがあれば、必ず予めESのどこかに一言でも頭出しをしておくようにしましょう。

(3)    面接官への質問
 面接の最後には、面接官から「何か質問はありませんか?」と尋ねられることが通例です。その場になって考え始めても、適切な質問を思い付ける可能性は極めて低いです。そのため、事前に3つから5つの質問は準備しておくべきです。
 面接官への質問で、純粋に自分の知りたいことを尋ねることができる立場にあるのは、書類選考で内定がほぼ確定している成績優秀者だけです。当落線上にいる受験生にとって、質問は「自分が何に関心を持っているか?」という志望動機の強さをアピールする最後のチャンスとなります。ここで「給料はいくらですか?」とか「若手は毎晩何時頃まで働いていますか?」などと尋ねてしまったら、「貴重な面接の機会にあなたが最も知りたい事項がそれなのですね」と面接官を落胆させてしまいます。さらに法律事務所では「うちで働くかどうか分からない者にまで労働条件を細かくは教えたくない」という要請も働きますので、待遇面を尋ねるのであれば、むしろ「パートナー昇進はいつどのような基準で決定されますか?」というような将来志向の話をするほうが意欲は伝わります。
 もし、適切な質問が思い浮かばなかった場合には、「ありません」と回答するしかありません。その場合に、「えぇっと」と自信なさそうに考え込んでしまうと、「本当はうちの事務所にあんまり関心がないんだろうな」と疑われてしまいます。同じく「ありません」と回答するにしても、「いえ、今日、お話させていただけて、すべてクリアになりました」と迷いがないことを断定できれば、面接官も後味よく面接を終えることができます。

結びに代えて
 本稿では、受験生の就活に関して、法律事務所への採用選考では、司法試験合格発表前においては学業成績と予備試験の順位で、合格発表後は司法試験の順位で一次スクリーニングされてしまうことを前提に私見を述べさせていただきました。しかしながら、「ペーパーテスト重視」は新卒の採用選考までの話です。中途採用市場では、候補者は「弁護士としての経験」で評価されるようになります。シニア・アソシエイトが転職するときには、履歴書よりも、職務経歴書が重視されます。最終的には、パートナーとしての弁護士の評価は依頼者が下すものです。依頼者に対して、司法試験の順位を自慢する弁護士は滑稽です。担当した案件を通じて、素早いレスポンスを返したり、丁寧な説明を尽くしたり、逆境を打破する提案をしたり、タフな交渉をまとめ上げることによって依頼者の信頼を獲得していくのです。
 企業法務を目指する受験生に対しては、受験戦争の延長線上にある「就職偏差値」的発想を捨てて、創意工夫を凝らして情報収集をして「どこにいけば、弁護士として、または、ビジネスパースンとして、よい修行を積むことができるか」を自分の頭で考えてもらいたいと期待しています。ヘッドハンターとしては、5年後、10年後に、いくつもの修羅場を経験した71期修習の弁護士を、転職市場でスカウトさせてもらえる日を楽しみにしています。


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