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弁護士は年収を上げれば幸福度を高められるのか?

企業法務系弁護士は「将来は、上場企業の役員報酬の水準に匹敵するほどに経済的に恵まれた生活を送れるようになりたい」と願う学生には挑戦する価値がある職業である。しかし、(サラリーマン役員の報酬水準を超えて)「自分の資産を数十億円規模まで膨らませること」までの野心を持った学生には向く職業ではない。弁護士の仕事は、所詮は「自分の時間の切り売り」の域を脱することができない。お金を稼ごうとしてもレバレッジが効かないのである。

実際のところ、
― お金をたくさん稼げるほど、弁護士はより幸せになれる、というわけでもない、
という風に見える。

例えば、年間売上1500万円の弁護士が、ひとりで働いて、月額50万円(年間600万円)の経費をかけて、900万円の所得を稼いでいるとする(ケースA)。この弁護士は、「もっと稼ぎたい」と思うだろう。

そして、売上げを倍増して、売上を年間3000万円に達したとする(ケースB)。経費に月額100万円(年間1200万円)を要したとして、1800万円の所得を得たら、ケースAよりも、生活水準を上げることができ、遥かに幸福感も倍増する。

ただ、それでも、「まだ、リタイア後に備えて貯金をしたり、投資をするには資産が足りない」と考える弁護士も多い。そこでさらに年間5000万円まで売上を伸ばして、所得を3200万円まで引き上げたとする(経費に月額150万円(年間180万円)を要したとする)(ケースC)。

クライアントからの信頼も得て、「来年は更に売上を伸ばせるのではないか?」と思って、仕事に励んでいられる時期(まだ仕事に「飽き」を覚えていない時期)。ケースC辺りの時期が最も楽しい時期かもしれない。

さらに仕事が発展して、売上を1億円まで伸ばせたら、それはそれで、弁護士としてのランクが上がったような達成感を一時的には感じることができるが、個人事務所のままでこれ以上に売上を伸ばすことは難しくなる。時間単価4万円で年間2500時間の稼働をこなせば(=1年を通じてすべての平日に10時間分をチャージしていければ)、年間1億円の売上を達成することは単年度では可能であろう。ただ、この水準を継続することは容易ではない。案件にも波があり、法分野にも流行りがある。次の事件の波に備えるためには、クライアントにチャージできない自己投資にも時間を投じる必要がある。ただ、前年度比で売上が落ちていくことには、不安も生じていく(実際、所得が前年を下回るのは、(前年度の所得に基づいて課される)住民税の支払いが、月次のキャッシュフローを圧迫する負担も生じる)。

これを超えて、売上を倍増し、自分の所得も増やしていくことを目指すならば、アソシエイトを使って、レバレッジを効かせる方法を講じなければならない。

たとえば、ケースEは、アソシエイトを使って、売上1億円を達成したケースである。自分自身の請求稼働時間を年間1200時間(月次100時間で、平日1日5時間程度)に抑えて、アソシエイトの稼働で年間4000万円程度の売上を補充するイメージである。アソシエイト稼働分については人件費の割合が高まるため、自分ひとりで1億円を売り上げたケースDよりも、所得は減ってしまうが、アソシエイトを効果的に使えるようになれば、売上の上限は1億円に留まらない。

ケースFは、その発展型で、アソシエイトをさらに上手に使って、売上2億円を達成したシナリオを示している。自分の請求稼働時間を増やすことなく、自分の時間単価を上げることで、自分の稼働に基づく売上も増加させることに成功しているケースである。アソシエイト稼働部分の請求には3分の2の経費を要するとしても、自己の所得でも1億円に達するシナリオも見えてくる。

ただ、、、そういうマネーゲームに興味がなければ、日々は、幸福度を感じるよりも、事務所のマネジメントや所内のコミュニケーションにストレスを感じることの方が増えてくる。自分ひとりで良い仕事をすることに職人的満足を感じていた弁護士は、「アソシエイトに満足のいく人材を採用できるか?」「アソシエイトの仕事のスピードや成果物に満足できるか?」という点にストレスを感じるようになる。

実際、年間4000万円を超えて所得を増やしたところで、手許に残る金額は、所得税の最高税率を差し引いた分だけである。自分が汗水たらして稼いだ所得に多額の税金を課されること自体もストレスを感じることになる。

仕事に飽きが生じること、事務所経営に嫌気が生じることもあるが、アソシエイトも雇ってしまっている以上、もはや自分の一存だけで仕事をやめることもできない。インハウスに転向することもできない。「自分が今、どんな仕事をしたいのか?」「どんな生活をしたいのか?」という真意を自分自身に問うことすら躊躇するようになってしまう(現状との乖離に気付いたところで、それを実行するためには、現在の仕事に従事している事務所のメンバーに迷惑をかけることになるため、その覚悟を自分に問わなければならなくなってしまう)。

もちろん、「弁護士業務そのものよりも、事務所経営が面白い」という弁護士もいる。ただ、経営者としての専門性を極める対象として、法律事務所は中途半端である。本当にマネジメントを極めたいならば、起業して株式会社を経営した方がいい。法律事務所の経営に成功しても、エクイティのアップサイドを期待できるわけでもない。法律事務所は、経営弁護士が弁護士業務を続けているからこそ、キャッシュフローを生み出すことができる。事務所をやめたくなった時に、事務所の引き取り手を探すことも困難であるし、事業を売却して現金化することも困難である。

こう考えてみると、ケースCやケースDのように、
― 個人事務所のままで、サラリーマンよりも優れた所得を稼いで自由に暮らせる、という水準で仕事を続けられるのが、実は、最も幸福度が高い、
という説にも説得力がある。

ただ、そういう生き方は、段々に難しくなってきている。
企業も、法律事務所に対して「事業の継続可能性」を求めるようになっている。職人的に優れた顧問弁護士がひとりで経営する個人事務所に対しては、「先生に事故や病気があってもリーガルサービスの提供に支障はないか?」を考えておかなければならない。また、リーガルサービスの質の維持に熱心な誠実な弁護士ほど、個人事務所で、法改正、裁判例や関係省庁が公表する最新の指針をアップデートしていくことに大変さを感じている。

個人事務所がダメならば、最低限のアソシエイトを雇って、少数精鋭の共同事務所にしていきたい、、、、と願ったところで、小規模事務所において優秀なアソシエイトを確保することにも困難が伴う(小規模事務所の経営弁護士からは「優秀なアソシエイトは独立するか、より大規模な事務所に転職してしまい、独立もできず、転職もできないアソシエイトだけが滞留する」という愚痴が聞かれることが多い)。

ケースDの実現が難しくなっているだけでなく、ケースCの水準においても、悠々自適な弁護士生活、というのは、段々に現実味のない選択肢になっていくのかなぁ。また、「アソシエイトを使ってレバレッジをかけていく」という路線に切り替えて事務所の規模拡充に挑む場合も、ケースEに留まることは許されずに、ケースFやその先を目指して突き進むしかない(それが多大なストレスを生むことになると知りながらも)のかなぁ。。。。。


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