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ひまわり求人を読む(16)中小企業庁(事業環境部取引課)

法律系メディアからの依頼で、法律事務所への就活に関する記事を執筆した。その際に、私が最も書きたかったことは、

「ビジネスロイヤーの仕事は、基本的にはハードワークが求められる(常時とまでは言わなくとも、いざというときには)。それでも、そんなハードワークに『やりがい』を感じられるのは、『他のどの弁護士よりも、この問題には自分が最も優れたアドバイスを提供できる』という自負を持てること」
「単に『この弁護士は安くて便利』という理由だけでクライアントから選ばれているならば、ハードワークは耐えられなくなる。」

という点だった(が、うまくそれを盛り込むことができなかった。抽象論だけ述べても、あまり説得力はないし、かといって、多数の事務所が紹介される媒体で、個別の事務所だけを題材に挙げるのも難しいと感じたからだ)。

ここで、
「自分が他のどの弁護士よりも優れたアドバイスを提供できる」
というのは、
「専門分野を持つこと」
に通じる発想でもある。

そのため、就活生が、
「専門家が揃った大手事務所に行きたい」
とか
「中規模以下でも、特定の法分野に特化したブティック事務所に行きたい」
と願うのは、よく理解できる。

ただ、同時に、
「弁護士の業務における『専門性』って、そんなに狭い概念じゃないだよなぁ」
とも感じている。

「◯◯法に強い」というのは、確かに、専門分野の典型例だけど、別にクライアントは(少なくとも経営層は)法分野毎に問題を切り分けて悩んでいるわけではない。出口の段階では、法分野毎の対応を各論的に考えなければならないかもしれないが、入口段階では、関係当事者との歴史的経緯とか、業界が置かれている現状とか見通しとかの法律的に整理されていない事実関係を前提として考慮しなければならない(そのため、特定の法分野の専門家ではないのに、やたらとオーナー経営者から頼りにされる弁護士が存在する)。

何か、経営者にとっては大きなテーマだけど、法律的にはまだ整理されておらず、「専門家」がまだ存在しない「専門分野」って、ありえないのかなぁ、、、、と考えながら、久々にひまわり求人を眺めてみた。

そこで、目を引かれたのは、中小企業庁(事業環境部取引課)の求人情報に記載されていた、
「賃上げ」
というキーワードである。

現在、政府は、一丸となって「コスト上昇分を適切に転嫁できることが重要」というメッセージを発している(例えば、2021年12月には新しい資本主義実現本部事務局から「パートナーシップによる価値創造のための転嫁円滑化施策パッケージ」が出されている(この中でも、原材料費やエネルギーコストの上昇分の転嫁は比較的に理解が得られやすそうだが、「労務費の上昇分を価格に転嫁させる」というのは、素人目にも一番ハードルが高そうに思われる)。

私は、今まで『独禁法に詳しい弁護士』には何人もお会いしたことがあり、その中には下請法を守備範囲とする弁護士も多く含まれているが、いまだに
「『賃上げ』に詳しい弁護士」
というのは、見たことも聞いたこともない。

(ひまわり求人にリンクが貼られている中小企業庁のHP上の求人情報によれば、このポジションへの応募資格は「優越的地位の濫用規制等に関連する法制度(民法、独占禁止法、下請法、税法等)に関する知識を持つこと」が挙げられている。控え目な若手弁護士はこれを読んで「自分はまだ優越的地位の濫用等に詳しくないから応募できない」と尻込みすることもあるかもしれないが、ステップアップを狙う若手弁護士にとっては「このポジションに就くことで、『競争法に詳しいと名乗れるようになる!」という挑戦する気持ちを湧き立てるものにもなるだろう。)

これだけ現在の最重要の政策課題であるにもかかわらず、「弁護士業界において専門家がいない」というのは、弁護士のキャリア形成の観点から、とても興味深い求人情報だった。
(実際のところ、企業側にとっても「賃上げについて、弁護士に相談しよう」という発想は一般的ではないのだろう。ただ、各社の個別事情だけに依存する問題ではなく、業界横断的に共通する問題が絡んでいるようにも思われる。「法的素養のないコンサルタントに任せるくらいならば、弁護士が、関連する法分野に関する知識も踏まえた上で、法的見解に留まらずに、経営コンサル的な役割を果たすことが期待されている」という見方もありそうだ。)

ひまわり求人の「配属先のアピール・特色」には、
― 公正取引委員会とも連携
― 下請法に基づく買いたたきの取り締まりを含めた業務
― 中小企業さんの現場の声
― 発注側の大企業とも頻繁に意見交換
などが盛り込まれている。

まず、任期中に担当する業務が面白いことが期待される。経済産業局のHPには、「下請Gメン」と呼ばれる取引調査員が、下請中小企業を訪問して実態調査を進めていることが解説されている。ネーミングセンスはともかく、「下請Gメン」のヒアリングに基づく業種毎の指摘事項の概要も公表されており、このような情報収集も活用した取り締り業務には(検察修習以降、権力を用いた捜査から遠ざかっている弁護士にとっては)ちょっと興味をそそられるものがある。

また、「弁護士業務に戻った後に役立つか?」という観点からすれば、「官庁への出向」への期待は、これまでは、主に、
― 立案担当者として担当した改正法の内容に詳しくなる、
というのが最大のメリットと捉えられがちだった。

しかし、実際には、
― 出来上がった法律に詳しいこと
というよりも、
― 法改正に至るまでの段階において、民間企業との間で意見交換を重ねている過程において、業界内で発言力があるキーパーソンと親しくなる(一目置いてもらえる存在になる)
という点が、弁護士業務に戻ってからの依頼者獲得の素地を作り上げていたことが多いように思われる(逆に言えば、出向時代から「この出向弁護士は杓子定規で物分かりが悪い」と思われていたら、事務所に戻ってからも声がかからないだろう)。

そういう意味でも、「下請側(中小企業)」だけでなく、「発注側(大企業)」との意見交換の機会もある、というポジションに対しては「営業センスがある弁護士ならば、任期中にたくさんの企業を回って担当者の名刺を集めるのだろうな」との想像が膨らむところである(実際、中企庁の課長補佐の肩書きで自己紹介をすれば、多くの企業側担当者が(少なくとも1回は)面談に応じてくれるだろう。2回目以降は、初回面談時に「こいつとは会って話をする価値がある」と思ってもらえたかどうかにも依存するだろうが)。

この中小企業庁の求人情報で、もうひとつ私が注目したのは、「勤務条件等」の「契約期間」に書かれている、
― 現職者(前任)は丸4年在籍
とある点である。

「官庁への出向」に関しては、配属先によっては、本人が居心地を悪いと感じたり、「成長を得られない」と見切ってしまって、任期途中で勤務を終えてしまう弁護士も散見される。そんな中で、1年毎の任期を延長して、4年も勤務している、というのは、相当に居心地のよい職場なのだろう、という推測が働く。

実際に中小企業庁(事業環境部取引課)に勤務されている弁護士の方に、このポジションで、日々、どのような業務に取り組んでおられるのか?についてのお話をお伺いしてみたいなぁ、と強く思わせてくれる求人情報だった。


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