大宮法科大学院_法律事務所経営論_2008年12月2日付講演資料__-__互換モード

プロフィール

人材紹介業を始めた当初は、
「なぜ、弁護士なのに、ヘッドハンティングをするようになったのですか?」
という質問を受けることが何度もありました。

その都度、質問者の関心と、回答に費やせる時間に応じて、

(回答A)
司法制度改革で弁護士の数が増えて、限られたパイを奪い合う道を進むのではなく、弁護士が増えることに伴って、市場が広がる仕事に取り組みたかったから

(回答B)
次男が障害を持って生まれて、育児に要する時間を確保したかったので、大手事務所で依頼者対応を最優先として働かなければならない生活に戻りたくなかったから

(回答C)
出向先の経済産業省と日本銀行で培った人脈を生かした仕事をしたかったから

(回答D)
自分自身がキャリアに迷った時に、アドバイスを求められるのは、(経産省・日銀時代に知り合った)所外の先輩弁護士だけであり、自分も、後輩弁護士のために、キャリアアドバイスをできる存在になりたかったから、

などを組み合わせて回答していました。

実際、ぼくは、自分自身のキャリアについて、
― 学部卒業時に、司法研修所に進んで実務家を目指すべきか?大学院に進んで研究者を目指すべきか?
― 司法修習生時に、裁判官になるべきか?弁護士になるべきか?
― 渉外事務所において、留学すべきか?官庁に出向すべきか?
― 官庁出向時に、事務所に復帰すべきか?もうひとつの出向に行くべきか?
― 二つ目の出向を終える時に、事務所に復帰すべきか?人材紹介業に挑戦してみるべきか?
というように、何度も分岐点に立って、迷い悩み続けてきました。

そして、2006年10月にキャリアコンサルティングの仕事を始めてからは、弁護士からの転職相談を受けて、「自分だったら、どういう選択をするだろうか?」と擬似的な転職活動を続けて今に至ります。

自分自身のキャリアに悩み続けたおかげで、つまみ食いばかりではありますが、
― 東大法研で、法学研究者の卵の世界を体験し、
― 長島大野で、渉外弁護士・企業法務弁護士の世界を体験し、
― 経産省で、小役人の世界を体験し、
― 日銀で、金融機関の世界を体験し、
― 独立して、一般民事の世界を体験し、
という、多数の職場環境に身を置けたことが、「この世界を極めるためには、こういう競争が待っていて、こういう資質と性格が求められるだろうな」という想像力を働かせるための種になっているような気がします。

キャリアコンサルティングにたどり着くまでの紆余曲折については、2008年12月に、大宮ローの久保利英明先生の講義(法律事務所経営論)でスピーチをさせていただいた際に、一枚のポンチ絵にまとめてみたことがありますので、以下に紹介させてください。


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