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『ひまわり求人』を読む(11)スパークル法律事務所

昨年、「桃尾・松尾・難波法律事務所のパートナーの地位を捨てて、独立した先生がいる」という噂を聞いて、「え?そんな人がいるの?」と耳を疑った。

桃尾・松尾・難波は、所属する弁護士の質が高く(パートナーが一流なだけでなく、優秀なアソシエイトを安定的に確保されている日本でも数少ない事務所であると思う。玉石混交の大規模事務所よりも、弁護士の平均点は遥かに高いだろう。)、クライアント層も優良であり、「企業法務を主とする弁護士にとって最も恵まれた執務環境ではないか」と思っていたからである。

桃尾・松尾・難波に対するイメージは、4年前に商事法務ポータルのインタビュー記事として記録化したことで、自分の中でも固定化していた。

今週、ひまわり求人に、桃尾・松尾・難波出身の三谷革司弁護士が設立されたスパークル法律事務所の求人広告が掲載されているのを見かけて、興味深く読んでしまった。

三谷弁護士の経歴に関する前提知識がなければ、その幅広い取扱い分野の記載を「誇大広告」として受け止めていただろう(「ひとりパートナーの事務所でこんなに幅広い事件を扱えるはずはない」という不信感を募らせていただろう)。

しかし、桃尾・松尾・難波でパートナーとして10年間執務されてきた弁護士ならば、「取扱事件に記載された各項目の背景には、それらを裏付ける具体的な案件の(そしておそらくはいずれもヘビーな)ご経験があるのだろう」と納得させられた。

代表の三谷弁護士には、おそらく「ジェネラリストであること」に対するこだわりがあるのだろう、と思って、三谷弁護士のnoteを開いてみると、「ジェネラリスト」と「スペシャリスト」を両立させることの価値を保持しておられる姿勢が示されていた(両立の難しさ、悩ましさも含めて記載されているところに誠実な人柄が感じられた)。

実際のところ、「早くアソシエイトとして、自分のタイムチャージに見合った仕事ができるようになりたい」と願うならば、集中して同種案件を繰り返し受任して「スペシャリスト」を目指す方が効率は良い。ただ、それは、作戦本部で定められた方針に従って命令を受けてドキュメンテーションを担う下請け業者としての発想のようにも思える。作戦本部での意思決定を行う場面での議論に参画できる弁護士を目指すならば、ディールも受ければ、紛争案件も受ける、という方針を有するスパークルは、修行場所として、とても優れた環境を提供してくれる事務所のように思われる。

最近、転職エージェントは、転職相談者に対して「中規模事務所」を勧めてくる傾向が顕著である。そこでは、
「小規模事務所はパートナーと相性が合わないリスクが大きいので、パートナーが多数いる中規模事務所が安全である。」
とか
「小規模事務所では、人手が足りないので、ワークライフバランスを確保しにくい。」
といった「もっともらしい一般論」が語られる。そして、その言葉は「平成生まれ世代の弁護士」には納得感を持って受け止められている。

でも、転職エージェントの勧誘方針は、「小規模事務所からは紹介手数料を徴収しづらい」「中規模以上の事務所の方が採用にコストを投じてくれる」という打算に基づく営業戦略が大きく反映している。

実際、「マンツーマンの指導」は、「パートナーがどういう点を意識して案件を処理しているのか?クライアント対応をしているのか?」を学ぶために今でも非常に効果的である。それは「パートナーと相性が合わない」という場合であっても構わない。パートナーの仕事のスタイルを知った上で、「自分は違うスタイルを目指す」ということも全然ある(「パートナーがパワハラで事務所での勤務を続けること自体に心身の危険が生じている」というならば、迷うことなく脱出するべきではあるが)。

また、「アソシエイトがワークライフバランスを保った生活を送れるかどうか?」というのは、事務所の規模の問題ではなく、「アソシエイトに頼んでいた仕事でも、いざとなったらパートナーが自ら引き取って処理できる現役性を備えているかどうか?」に関わっている。

アソシエイトが大勢いる事務所であっても、アソシエイトが休暇を取るとか、体調を崩した場合に、それまでに事件に携わってこなかった別のアソシエイトがすぐに代わりを務められるわけではない。「アソシエイトの不在」の穴を埋めて、「アソシエイトの仕事の肩代わり」をできるのは、事件処理の責任者たるパートナーである。この点、パートナーが、既に「偉くなりすぎ」のレベルに達して、案件を受任した後の進捗状況をまったく把握していなかったり、もはや自らは起案する事務処理能力を失ってしまっていた時に、アソシエイトにとって「自分の仕事をパートナーに引き取ってもらう」という選択肢がなくなってしまい、ワークライフバランスを保つことができなくなってしまうのである(そして「なぜ、パートナーが持ってきた仕事である(かつその案件処理の経済的利益もパートナーに帰属する)にもかかわらず、アソシエイトに過ぎない自分だけが心身をすり減らして対処しなければならないのか?どうしてパートナー本人は他人事のような顔をしていられるのか?」という不満が沸点に達すると転職を決意することになる)。

小規模な事務所でも、パートナーが、すべての事件の進捗状況を把握できている先であれば(=アソシエイトに事件を丸投げをしていない事務所であれば)、アソシエイトがワークライフバランスを保って仕事を続けていることも珍しくはない。これは、別に「パートナーが人格的に優れているから」というわけではない。「クライアントに対する責任感」と「リーガルサービスの仕事のクオリティとスピードにプライドを持っている」という職業的使命感をパートナーが持っているから「アソシエイトにその能力や体力を超える仕事を任せられない」という話である。

この観点からすれば、下手に「歴史があるだけの中規模事務所」を選ぶよりも、「パートナーが現役の弁護士として一流であり、クライアントに対する責任感も強い」と言える設立1年のスパークルの方が、ワークライフバランスを確保することへの期待を抱くことができる。

もちろん、私も「事務所が規模を拡大すること」のメリットを否定するわけではない。クライアントの立場からも「ある程度の規模を備えてくれている事務所に依頼する方が社内決裁を通しやすい」という側面もある。だから、転職を検討するアソシエイトが「自分がパートナーになる頃には、一定の規模を保持した事務所であってもらいたい」というのは、合理的な願いだ。そして、「自分が入った時は、まだ小規模な事務所だったけど、自分の下に後輩アソシエイトが採用されたので、中規模に拡大した事務所のパートナーに内部昇進した」というシナリオは、弁護士のキャリアの成功例の代表格だと思う。

さらに、「キャリアの成否」という観点からすれば、「事務所に残る」以外にも、前向きなシナリオを想像することが可能である。

「小規模事務所で修行したら、改めて、大きなプラットフォームを使って仕事できることの利点を活かした仕事をしたくなった」として大規模な事務所に移籍したり、「小規模な事務所で幅広い案件に携われたからこそ、ジェネラリストとしての素養を身に付けることができて、インハウスに転身したくなった」という方向転換をしたり、「小規模な事務所で事務所経営の実態を詳しく知ることができたので、自ら独立したくなった」というチャレンジの意欲が湧く、というシナリオもありうる。

結局のところ、「アソシエイトのキャリアは、適切な経験が積めてさえいれば、失敗することはない」と言えるのだろう。スパークルの求人広告を読んで、改めてそんなことを考えさせられた。

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