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東洋経済の特集で「裁判官」「不人気感が強まる職場」がピンと来なかった話

東洋経済2023年9月9日号の特集は「揺らぐ文系エリート 弁護士 裁判官 検察官」だった。来月、司法研修所での課外講義でキャリア論をスピーチさせていただくことになっているため、その情報収集を兼ねて、読んでみた。

講義は、弁護士志望者だけでなく、裁判官や検察官を志望する修習生も対象として集客してくれているので、「Part1 弁護士」はさておき、「Part 2 裁判官」から読み始めた。まず、50頁の見出しが「不人気感が強まる職場」と見て、「?」という印象を抱いた。

自分は「裁判官は、本人の志望動機の強さよりも、教官から見て適性があると判断された修習生がなるべきである」と考えているので、「人気かどうか」というよりも、問題設定としては、「裁判教官から勧誘されても、心を動かさない、というのはどういうことなんだろう」という思いがした。

記事では、まず、判事補を退官した弁護士のコメントとして、

「裁判官は転職する動機は3つ。転勤、職場環境、それに収入」

が紹介されている。確かに「転勤」はそうだよなぁ、と思った。ただ、「職場環境」については、

「年間を通じて空調が午後5時半に切れるという」

との解説がなされており、

「え?空調が切れるのはかわいそうだけど、それが理由で裁判官を辞める決意をする人なんている?」

と思ってしまった(そういうツッコミを想定して「背中を押す材料の一つだという」と補足されているけど)。

また、後半には、裁判官の新規採用のプロセスに関しては、

「内定が出た途端に内定辞退者が続出する。なぜか。裁判官の内定を得るような優秀な修習生に対しては、大手事務所が審査期間中にもう一段、採用条件の上乗せをすることがあるためだという。」

と解説がされていた。そんなことをする「大手事務所」ってあるのか?これには驚かされた。この事務所は、新卒採用者を同一条件で採用せずに、裁判官の内定を辞退する者だけを特別扱いした経済条件で採用している、というのだろうか?
(だったら、大手事務所の内定者は、任官希望がなくとも、条件交渉のために、一旦、裁判所からの内定を得てから、それを辞退する方が事務所からの条件を引き上げることができる、ということになるのではないだろうか?)
ちょっと信じられなかった。

いずれにせよ、「不人気感が強まる」なんていう見出しを付けて、裁判官という職業のイメージダウンに加担しておいて、「最高裁は採用難の解消に動くべきだろう」なんて無責任なコメントで締めくくる記事には、正直、イラつかされた。

リクルータ的には、その次の瀬木比呂志教授の記事(52頁)の方に注目する記述があった。それは「そういう人々が徒弟制的な教育を受けながら書面中心の裁判や訴訟指揮だけを行い続けるのだ」というフレーズである。

このフレーズ自体は「その結果として、世界も価値観も狭いものになりやすい」とネガティブな評価の前提として記述されたものであるが、法律事務所のリクルータとしての観点からは、

「世界や価値観が狭いかどうかはさておき、法律実務家としては、優秀な部長や右陪席の下で『徒弟制的な教育を受けながら書面中心の裁判や訴訟指揮だけを行い続ける』というオン・ザ・ジョブ・トレーニングを受けられることは、その後の法律家としてのキャリアに稀有な、超有益な経験となっているのだろう。」

という感覚が優先した。

企業法務系の法律事務所では、タイムチャージ方式で弁護士報酬を請求する先が多く、その場合には、

「ジュニア・アソシエイトが起案した文書に対して、先輩弁護士であるパートナーが、ジュニアと等しく記録を十分に読み込んでから起案を添削したら、ジュニアが行った作業と重複した業務のためにパートナーに稼働時間を費やさせる結果となり、コストパフォーマンスが悪い。」

という「アソシエイト教育のためのコストをクライアントに転嫁していいのか?」という大問題がある。そのため、企業法務の世界では、パートナーが、ジュニアと同じように記録を精査した上で、徹底的にジュニアの起案を添削する、という丁寧な指導を行うことが難しい環境になっている。

裁判所が、コスパに囚われることなく、左陪席に対する丁寧な判決起案や訴訟指揮の指導を行なっていることは、少なくとも、若手法律家の教育的効果としては大きなものがあるのだろう、と感じさせられた。

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