(備忘録)文系学生のキャリア選択における企業法務の位置付け(「異端かつ傍流」から「正統かつ主流」への変遷)
前回、「旧司法試験時代に見られた反骨精神を持つ学生だったら、今の時代に『法曹コース』を目指さないよね」という趣旨のことを書いた。
つまり、
「わざわざ、法学部で優秀な成績を収めて大学を早期卒業して、法科大学院で学長認定を受けて在学中受験を目指そう、というのは、優等生/模範生に限られるだろうなぁ」
という推察である。
ここでは「優等生/模範生」を「弁護士に向いていない学生」という風に書いてしまっていたが、
「反骨精神≒反体制、反権力」
と置いてみても、
「だったら、大企業のインハウスや、大企業を代理したり、官庁への出向も予定される大手法律事務所への就職を希望する学生ならば、反骨精神は不要ではないか?」
という方向に目を向けてみた。
(昨年、国立大学の法科大学院の教育課程連携協議会の構成員に就任して、「法曹コース」のカリキュラム作りに尽力されている先生方のご説明を伺った身としては、「優秀な学生を法曹界に向かわせること」に対する積極的意義も見出すように努めるべきだと少し反省した。)
司法修習30期代位までの先生方にとっては、弁護士を目指すという進路選択は、正に、
― 権力に逆らって、司法の力で社会的弱者を救済する、
という使命感に基づくものだったように思われる。
そこでは、
― 他人からの指図を受けず、自分の価値観に基づいて活動する、
ということも仕事スタイルも必須だったため、
― 組織に入って上司の命令を受けるなんて真平御免
という「独立して個人事務所を構えること」がキャリアの本流だったのだろう。
そのような「異端者たる弁護士(の卵)」という司法修習生の中では、「企業法務」という選択は、
― 社会的弱者の守護者であるべき弁護士になってまで、なぜ、権力(大企業)の犬に成り下がるのか?
という軽蔑の対象となる「傍流」の選択に見られていたフシがある。その空気感の中で、敢えて「傍流」の道を選ぶ気概ある先輩弁護士たちが、我が国の企業法務の土台を作ってくれた。
司法修習40期代〜50期代と時代を下ってくると、
― 弁護士=反権力
という志向は弱まってきたが(経済がクロスボーダー化してくると、闘うべき相手が国家権力というイメージも薄れてくる)、それでも、なお、司法修習生の多数派からは、
― せっかく難しい試験に受かってサラリーマンにならないで済む人生を選べるのに、敢えて、独立もしづらい企業法務/渉外法務なんて選ぶのは理解できない、
という見方をされがちだった。
ただ、これも、
「司法試験合格までに何年も費やしたベテラン受験生」
の発想(何年も費やして弁護士になった以上は、弁護士業務のアップサイドを狙いたい)だったのかもしれない。
実際、学生時代に司法試験を突破した現役合格者からは、
「別に就活の代わりに司法試験を受けただけだから、タイムロスは少ない」
「企業法務/渉外法務で芽が出なかったら、そこから改めて(東京は競争が激しいとすれば地方に引っ越して)一般民事に転向すればよい」
という楽観があったような気がする。
いずれにせよ、「弁護士の卵たる司法修習生」の間においては、
― 本流キャリアは、将来、独立できるような経験を積める事務所への就職
であり、
― 将来の独立に結び付かないような企業法務/渉外法務を専門とする事務所への就職は傍流
だった。だから、その『異端の傍流』というキャリアに挑んだ結果として、現在では、大手法律事務所でパートナーに昇進している40~50期代の弁護士に対しては、「賭けに勝った成功者」という評価が可能だと思う。
時代がさらに下り、法科大学院の卒業生を対象とする新司法試験がスタートした。これによって、
― 司法試験受験=異端
というよりも、
― 司法試験受験も、「正統派キャリアのひとつ」
に昇格されたように思う(むしろ、「『キャリアの異端の雄としての地位』を『起業』に奪われた」という表現のほうがしっくりくるかもしれないが)。
同時に、「弁護士」というキャリアのカテゴリー内においては「企業法務」の人気が大幅に高まってきた。これには、大手法律事務所等から派遣された優秀なパートナーが法学部や法科大学院の教員として学生の指導に携わってくれて「企業法務の業務内容の魅力が広まった」と共に、他方、メディアにおいては、一般民事を扱う小規模の法律事務所が「弁護士の数が増えて生計を立てることも苦しくなってきた」というニュアンスの報道がなされたことで「一般民事系事務所のイメージが悪化した」ことが影響しているようにも思われる。
そして、
― 弁護士キャリアの主流のひとつ=企業法務
と位置付けられるようになった(採用数の実績においても、大手法律事務所では、2022年4月に、それぞれ、40名規模の新人弁護士(74期)が採用されている)。
そう考えてみると、「大手法律事務所等における企業法務を担いたい」というキャリアは、今では、
― 文系学生のキャリアの正統派のひとつである弁護士。その中でも主流。
と言えるのかもしれない。
これならば、
「優等生タイプの文系学生」
に対しては、『法曹コース』という目標設定ができるようになったことは、
「企業法務系弁護士になるために、以前よりもコスパに優れた、正統派かつ主流の選択肢」
として、より現実味を帯びた検討対象となったのかなぁ。
(人材紹介業者的には、つい、「より逆境に追い込まれた理系学生/社会人の中で、予備試験を突破し、又は、敢えてコスパの悪い未修コースを経て、司法試験合格まで辿り着いた異端者/傍流派の中に、何か面白い人材がいるのではないか?」という淡い期待を抱いてしまうところもあるが)