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Huluの法務部長に、「エンタメロイヤーの仕事の面白さ」と共に、「外部事務所の指導を受けながら修行を積む」という社内弁護士の成長モデルを教えられた話

前回記事に書いたとおり、「もし、自分がジュニア・アソシエイトからやり直すとして、エンタテイメント法の専門家を目指す場合」という設定の下で、日本テレビ系の動画サイトHuluの運営会社(HJホールディングス株式会社)の法務部長にアポイントを取って話を聞きに行ってきた。


HJホールディングスの法務部長は、経済産業省においてコンテンツ産業を所管する部署において、およそ5年の任期を全うした上で、Huluの社内弁護士へと転身をした中本緑吾弁護士(64期)である。経産省任期中に業界の知見や人脈を培った中本弁護士であれば、弁護士業務に復帰するに際して、米国ハリウッドの「メジャー」と呼ばれる一軍(パラマウント、ユニバーサル、ソニー・ピクチャーズ、ウォルト・ディズニー等)のエンターテイメント企業のグループに潜り込む手法もあったのではないかと思われる。日系を選ぶにしても、大手の広告代理店に入ることもありえたろうし、エンタメに強い法律事務所で外部弁護士としての専門性を磨く選択肢もあったはずである。それにも関わらず、敢えて、小規模な企業の社内弁護士という道を選んだ理由はどこにあったのだろうか。

私から「海外のメジャーと言えば、名刺の肩書きはカッコ良くなりますが、日本法人ではどんなに偉くなっても仕事に自由度や裁量はなさそうですよね?やっぱりヘッドクオーターが東京にある方がいいですよね?」と、さりげなく切り出したつもりでも、そんな口車には乗りませんよ、という風に、微笑で返されてしまう。

こちらも、何かヒントを引き出すまでは簡単には引き下がりたくはないので「日本の大企業も、事業規模は大きくても、法務部が大きいと、逆にひとりひとりの守備範囲が狭かったりしますよね?」と話題を振ってみる。これは、今回の法務部員募集におけるセールスポイントのひとつであると認めてもらえたようで、業務分担について、次のようなコメントをもらうことができた。

中本
「うちは自分も含めて定員4名の小さな法務部だけど、その分、担当業務を明確には分けていません。やりたければ、全部の種類の業務に携わることができる。『好きな分野の業務があっても担当外なので経験できない』ということは決してありません。」

ただ、今回の募集要項を見ると、「必須スキル・経験」に「英文契約の基礎的な読解力及び作成力」というのが一番上に書かれている。英文契約担当を募集しているのかな?という素朴な疑問が湧いたため、この点を尋ねてみると「法務部の業務としては英文契約も多く取り扱っており、その比重も増しているため」との説明だった。ここで、湧いてくる疑問は「どの程度の英語力があれば、選考の俎上に載せてもらえるのだろうか?」という点である。この点をさらに質問してみると、

中本
「先ほども申し上げたとおり、うちの法務部では、担当業務をカチッと切り分けているわけではありませんし、適宜、外部の法律事務所の力も借りています。そのため、次に入ってきてくれるメンバーに対して、英文契約ばかりをお任せする必要があるわけでもありません。なので、『英文契約が得意な方には、やりがいを持って取り組んでもらえるクロスボーダー案件がたくさんありますよ。』という程度に受けてもらっても大丈夫です。」

と言ってもらえた。こう言ってもらえると、応募のハードルは大分下がってくる気がする。また、英語案件の方が面白い案件が多いならば、せっかくの環境を生かして経験値を高める挑戦もしてみたいところである。そこで「海外のメジャーとの契約は、常に英文契約ですよね?」と聞くと、その通りだった。

中本
「それはそうですね。」

「米国のメジャー」との取引と言えば、ウォルト・ディズニー・ジャパンは、7月に、ディズニープラスとHuluとのセットプランを公表していた。そこで「業界では『外資のメジャーは固過ぎる。杓子定規だ』との愚痴も聞かれますが、交渉は大変だったんじゃないですか?」と水を向けてみたが、案の定、

中本
「具体的な契約相手方のことはノーコメントで」

と冷静に大人の対応をされてしまった。そこで、野次馬的な情報収集を続けることは諦めて、話を本筋に戻して、募集要項の「おまかせする業務」には、「コンテンツのライセンス、制作、出資等にあたって必要となる契約書の審査、作成、スキームの提案」と記載されていることについて振ってみることとして、「Huluの特徴のひとつとして、(単に他社の既存コンテンツを借りてくるだけでなく)オリジナルコンテンツを製作していることが挙げられますよね?」と尋ねてたら、こちらの質問は、中本弁護士に刺さり、以下のようなコメントを引き出すことができた。

中本
「スキームの組成から考えていけるのは、やる気がある部員にとっては、めちゃくちゃやりがいがある仕事だと思います。契約の話だけでなく、その前の作り込みの段階から、プロデューサーとも密でやりとりをしています。」


これを聞いて、次に浮かんだ疑問は、「入社段階で、どこまでエンタメ法務の知識や経験が求められるのか?」という点である。例えば、今、Huluのサイトを開くと、9月15日から独占配信される「神の雫/Drops of God」(山下智久主演)の広告画面を目にするが、漫画を原作とする実写ドラマを、アメリカのテレビスタジオや配給会社、フランスの放送局グループとも共同で製作するのに伴って必要とされる権利関係の処理なんて、一体、どのくらい大変なのか?エンタメ実務に素人の自分には想像も及ばない。もし、こういう重要案件に携わることができたら、当然に「やりがい」はあるだろうが、「そんなの自分に担当できるのだろうか?ミスがあったらどうしよう?」という不安の方が先立ってしまう。この懸念については、中本弁護士から、以下のようなコメントを聞くことができた。

中本
「エンタメ業界の経験がある弁護士にとっては、もちろん、その経験を十分に活かしてもらえる仕事を与えられることは自負しています。しかし、だからといって、未経験者を排除するつもりはありません。必要に応じて、社内では、私も含めてチームで対応しますし、外部法律事務所からのリーガルアドバイスも、エンタメ法務で随一の弁護士にお願いしています。ですから、『入社時点で業界経験がない担当者でも案件を回していくことはできる』と楽観してくださっても構いません。エンタメ業界、コンテンツに対する『興味』さえ持ってくれているならば、『業界経験は不問』としています。」

「コンテンツに対する興味」と言われると、確かに、もし、配信前のコンテンツを世間に先んじて見ることができるならば、ミーハー的な満足度は跳ね上がりそうである。そう思って「映像に問題がないかどうかのチェックは法務の仕事なんですか?」と聞いてみたところ、

中本
「考査も、法務部の仕事のひとつで、考査依頼は頻繁に受けています。脚本段階での考査もあれば、映像になってからの考査もあります。」

と教えてくれた。そこで、「法務部による考査では、何をチェックしてるんですか?」と更問を投げてみると、

中本
「注意しなければならないのは、表現内容が不適切でないかどうかや、映り込みがないか。あるとしたら、それが許容される範囲か、それとも、権利者の許諾を取りに行くべきものか、カットすべきかどうか。そのほかクリエイティブチームの表現を活かしつつ、あらゆる観点でチェックしています。」

と解説をお伺いすることができた。「表現内容」の自由度については、個人的には「テレビでは難しいものでも、配信では許容される」というイメージを抱いていたため、「テレビではNGとなりそうなグロテスクな映像やセクシーな映像も、配信サイトではOKなこともありますよね。」と素人感丸出しの感想を述べたら、中本弁護士からは、

中本
「不必要に過激な表現は控えるべきなので、その映像に本当に意味があるのかどうか?中身を踏まえて判断しています。」

と(言われてみると「なるほど」と言わざるを得ない)訂正を受けることができた。最後、一点、聞いておきたい点として「日本テレビの子会社であるのは、どうなんでしょうか?親会社の言いなり、ということはないでしょうか?テレビ局の子会社であることにメリットもあるのでしょうか?」と、失礼を承知で聞いてみた。すると、中本弁護士からは、

中本
「Huluは、もとは米国企業として日本に進出したものを、日本テレビグループに参加したことで、日本国内のドラマやアニメ等のコンテンツも充実してきました。テレビの世界、配信の世界、映画の世界は、それぞれ重なり合う部分がありつつも、違う部分もあるので、それらをすべての分野に関われるのはエンタメロイヤーとしては視野が広くなって望ましいと思っています。また、経営の意思決定についても、Huluが社内の手続に従って進めてきた案件を、親会社が不合理に反対してひっくり返すようなこともないので、不自由を感じたことはありません。」

との回答を得ることができた。それは、Huluの法務部門がきちんと実績を積んできたことが、親会社であるテレビ会社の信頼を勝ち取ってきている、ということなのだろう、と解釈した。改めて、募集要項を見てみると、「おまかせする業務」には、「4.株主総会、取締役会、内部統制等のコーポレート・ガバナンス体制の整備・推進」も含まれている。

上場企業グループの会社法務も担当することにより、(派手さのあるエンタメ法務の経験だけでなく)きちんと会社法に軸足を置いたコーポレートロイヤーとしての経験も身に付けることができる、という意味でも、(シニア・アソシエイトだけでなく)まだまだ弁護士としての足腰を鍛えなければならない時期にあるジュニア・アソシエイトにとっても、魅力的なポジションであると感じた。

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