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『ひまわり求人ナビ』を読む(6)大手法律事務所からのスピンアウト系に注目する理由

先日、経営法友会の月例会で「インハウスロイヤーのキャリアプラン」のパネルのモデレータを務めた。

経営法友会の画面1

このパネルでは、JTの執行役員ジェネラルカウンセルの廣瀬修さんと、東急不動産の法務部統括部長の川﨑菜穂子さんにお話をお伺いしたが、「法律事務所から会社に移って、法律事務所時代の仕事のスタイルが企業での仕事の支障になることはないか?」「法律事務所時代に学んだことのアンラーニングをする必要があることはないか?」という質問をしたのに対して、川崎さんから「法律事務所では、深夜までじっくり時間をかけて100点を目指した回答を準備することに慣れているが、会社では、70点、80点でも、スピード重視で回答することが求められる」といった趣旨のコメントをいただいた(記憶を頼りに書いているので表現は正確でないが)。

川崎さんのコメントには、「その通りだよな」と思わされると同時に、
「だからこそ、まずは、一旦、法律事務所で働いてみたことの教育的意義があったのかも」
という風にも解釈した。

言い換えると、
― 過去に100点の答案を目指して、じっくり時間をかけて、90点台の答案を書いたことがある、
という経験(90点台の答案の完成度を肌感覚で知っていること)があるからこそ、
― クライアントに時間的余裕がない時には、まだ完成度は上げる余地があることを自覚しながらも、スピード重視で70点の答案を提出することもできる(必要に応じて、追加の時間を得て、これを80点、90点台へとブラッシュアップすることもできる)
と理解した。

逆に言えば、
― 最初から、「これでもう十分」という感覚で70点を目標に置いた答案を書く仕事に慣れてしまった人に対して、事後的に、そのスタイルを矯正して、80点〜90点台まで目指せるように教育していくことは難しいのではないか?
(水は「高い方から低い方」には流れるけど、「低い方から高い方」に逆流できないのではないか?)
という気もする。

こういう言い方をすると、「だったら、いきなりインハウス(修習修了後に直接に会社に入社した弁護士)や、不幸にも最初に入所した法律事務所がイマイチだったアソシエイトは弁護士として劣っているというのか?」というお叱りを受けるのだが、それはそれで、クライアントに対して違う魅力を提供できる弁護士になれる可能性を秘めていると思う(法律事務所を経ずに、会社で社会人としての第一歩を踏み出した人のほうが、ビジネスマインドに優れていることはあると思うし、イマイチの事務所に居たからこそ「泳げないのに海の放り込まれる」的に(必要に迫られて)早期に一人前の技能を身に付けることになることもあると思う)。

『ひまわり求人ナビ』を読む(3)では、「一流の経験を積むための修行ができそうな事務所」として、
「大手法律事務所を巣立ってスピンアウトして設立された事務所」
の類型を挙げた。

ここには、
「大手法律事務所で、仕事に対する目線の高さを学んでいる弁護士が作った事務所ならば、100点を目指して90点台の答案を書き上げるような訓練が出来るのではないか」
という期待が込められている。

もっとも、大手事務所の卒業生が作っている事務所に勤めているアソシエイトからは、
「創始者たちは、留学制度も整った大手事務所で高給を貰ってアソシエイトをしていただろうが、中小事務所の自分達は留学のアテもないままに毎日の忙しい仕事を続けさせられている」
という愚痴が聞かれることもある(この点については、商事法務ポータルの「弁護士の就職と転職Q&A」の「Q45 新興事務所に参画するメリットはどこにあるか?」(2018年6月18日)でも述べたことがある)。

Q新興事務所

ただ、この不満には、アソシエイトとパートナーとの間のコミュニケーションの齟齬が起因しているようにも思われる。というのも、スピンアウト系の事務所で「アソシエイトには、一切、留学には行かせない!」と言われているのを聞いたことはない。パートナーの側では「アソシエイトが自ら留学意思を示してくれるのは大歓迎(事件の引き継ぎもあるので、突然に行きたいと言われても困るが、留学準備にも時間を要するだろうから、準備の段階から相談してくれたら構わない)」という気持ちを持ってくれていることのほうが多いように思う。

もちろん、制度として存在しており、先輩アソシエイトの留学の先例がある方が、留学に行くまでの手順がスムースであることは確かだが、「自分で主体的に検討するわけではなく、事務所の制度に則って、順番が来たから、なんとなく留学に出る」ということで市場価値が上がる、という時代でもない。

冒頭で紹介した、経営法友会のパネルでも、JTの執行役員ジェネラルカウンセルの廣瀬さんは、「どうすれば、海外案件担当としての訓練ができるか?」という質問に対して、
「留学や海外研修に行ったから、海外担当として一人前になれる、というのは大きな誤解。場数を踏んで、下手な英語でも頑張って自分の考えを伝えて、冷や汗をかきながら成長していくしかない。」
という趣旨のコメントをしてくださったが、このことが強く印象に残っている。

「場数を踏む」という面から言えば、「人材の層が厚く、ジュニア・アソシエイトには自ら英語の会議で発言をする機会がない大手事務所」よりも、「人材の層が薄いが故に、ジュニア・アソシエイトでも主任として会議を切り盛りしなければならないスピンアウト系の事務所」のほうが『成長のために恵まれた環境』である、という見方もできるかも。



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