2007年11月1日NBL巻頭言「法律事務所はどこまで大きくなるか?」
NBL868号(2007年11月1日号)に、「法律事務所はどこまで大きくなるか?」という論稿を掲載していただきました。
『法律事務所はどこまで大きくなるか?』
西田法務研究所/西田法律事務所
弁護士 西田章
1965年、長島安治弁護士は「弁護士活動の共同化―ロー・ファームは日本にできるか―」と題する論文(ジュリスト318号59頁)において次のように警告を発しました。
「大多数の弁護士が、一人一人民刑商事一般を取り扱い、無計画にかつ非能率に経験を積んでは消えて行き、その僅かな経験さえ蓄積整理されないという状態を何時までも繰り返して行くことは、その社会全体からみた場合、大変な損失であると思われる。この状態が続く限り、日本の法律実務の向上は遅々として進まず、社会は損失を続けるであろう。」
この指摘から42年の年月を経て、この日本でも所属弁護士数において300名を越える規模に達する法律事務所が生まれる時代が到来しました。
私は、長島・大野・常松法律事務所に在籍していましたが、その際に経済産業省と日本銀行へ出向して、「案件を担当する弁護士」という立場を離れ、リーガル・マーケットをマクロから眺める機会を得ることができました。そして、「弁護士」という「法律事務所の最大の経営資源」を効率的に活用するためには、その再配分の仕組みも必要ではないか、という問題意識を抱くに至り、独立して「弁護士の転職」を仲介する役割、いわゆるヘッドハンティングの仕事をスタートしました。今は、企業の法務担当者や若手弁護士と接する日々を送っていますが、彼らからは「大手法律事務所はどこまで大きくなりますか」「弁護士500名まで行くでしょうか」という傍観者のような問いを受けることが少なくありません。しかし、その問題の鍵を握るのは、彼ら自身のように思われます。確かに、ビジネスとITの発展に伴って、リーガル・サービスには「専門的案件」「大規模案件」への対応がスピーディーに求められるようになり、最先端のビジネス法務を担うサービス・プロバイダーには「一定の規模」が必要になっています。ただ、他方では、ラフな試算をすれば、弁護士500名を擁する法律事務所が、平均、時間単価3万円で月間200時間分のタイムチャージで弁護士報酬を請求するとき、その月商は30億円、年商360億円にまで膨れ上がります。今の日本に、コンフリクトの制約を受けながらも、それだけの売上げを安定的に生み出すクライアントベースを確保できる法律事務所がいくつ存在するのでしょうか。また、「所属弁護士500人のうちの1人」という立場では自己の能力を最大限に発揮するためのモチベーションを維持できない弁護士も生まれるのではないでしょうか。
振り返ってみれば、2000年に長島・大野法律事務所と常松・簗瀬・関根法律事務所が合併して所属弁護士数で100名を突破してからの7年間は、大手法律事務所の間で「所属する弁護士の数」でトップを目指す競争が繰り広げられてきた時代と呼べるかもしれません。そして、クライアント企業においても、また、ビジネス弁護士としてのキャリアを志す司法試験合格者の就職戦線においても「日本最大の法律事務所=日本最高の法律事務所」との先入観が少なからず植え付けられてきました。
ところが、米国の名門ローファームであるCravath, Swaine & Mooreのウェブサイト(http://www.cravath.com/)に目を転じてみると、そこには「我々は、オフィスの数や弁護士の数において最大のファームではないし、かつ、今後もそうなることはない」と明確に宣言されており、彼らのゴールは「クライアントが抱える最もチャレンジングな法的問題、最も重要なビジネス取引、最も重大な紛争に関して選ばれるファームであること」にあると謳われています。
昨今、企業価値を巡る一連の騒動では、「瞬間風速」だけでなく、「持続的成長」の視点を持つことの意義が再認識されています。司法制度改革の結果、今後、「日本における弁護士の総数」だけは急速に増加の一歩を辿ることが運命付けられています。その時代の流れに対して「弁護士の質が下がる」とか「訴訟が乱発される」との危惧の声も聞かれるようになってきました。日本のリーガル・マーケットが「持続的成長」を果たしていけるかどうか。更に言えば、政治・経済の不確実性が増してくる国際社会においても活躍できる人材を日本から輩出していけるかどうか。それを決するのは、クライアントが法律事務所を正しく選別する厳しい目を持てるかどうか、新進気鋭の弁護士達が自己の能力を最大限に発揮できるような職場環境を選択できるかどうか。そして、法律事務所においてリーガルマインドを磨いた有能な弁護士達がその枠に止まることなく活躍の場を広げることができるかどうか。これらにかかっているのではないでしょうか。
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